| タイトル | ベースボール(BASEBALL) |
|---|---|
| 発売日 | 1983年12月7日 |
| 発売元 | 任天堂 |
| 当時の定価 | 3,800円 |
| ジャンル | スポーツ |
1983年の暮れ、ファミコン発売から約5ヶ月後に登場した『ベースボール』は、その後のスポーツゲームの運命を決定づけた歴史的な一本です。世界累計で320万本以上を売り上げた本作は、現代の野球ゲームでは当たり前となっている「十字キーの各方向を各塁に対応させる」という操作体系を初めて確立しました。
カセットを差し込み、あの軽快なタイトル曲が流れるだけで、当時の子供たちは近所の空き地からお茶の間のテレビ画面へと「球場」を移しました。選手に個別の能力差こそありませんが、そこには純粋な読み合いと、ファミコン初期ならではの独特な“味”が詰まっていました。
セ・リーグを彷彿とさせる「C・D・G・S・T・W」の衝撃
ゲームを始めると、まず6つのアルファベットから自分のチームを選びます。これらは当時のセ・リーグ6球団(カープ、ドラゴンズ、ジャイアンツ、スワローズ、タイガース、ホエールズ)の頭文字をモデルにしていました。ユニフォームの色もそれぞれの球団カラーを反映しており、プロ野球ファンだった少年たちは、迷わず自分の贔屓チームを選んだものです。
ちなみに、1人用プレイでタイトル画面を通さずにスタートすると、対戦相手は必ず最強の「G(ジャイアンツ)」チームになるという仕様も、当時の巨人軍の圧倒的な存在感を象徴しているようで興味深いポイントです。
自動守備が引き起こす「内野安打」のドラマと悲劇
本作の最大の特徴であり、同時にプレイヤーを最も一喜一憂させたのが「全自動の守備」です。打球が飛ぶと、野手たちはコンピュータの判断で勝手にボールを追いかけます。しかし、その動きは時として非常にお粗末でした。
正面のゴロをなぜか避けて外野へ通してしまったり、フライを深追いしすぎて落としたりと、プレイヤーの意図しない「エラー」が多発したのです。捕球後の送球だけはプレイヤーが操作できたため、いかに素早く塁を指定するかが勝負の分かれ目でしたが、野手の気まぐれな動きに「頼むから捕ってくれ!」とテレビに向かって叫んだ経験は、当時のゲーマー共通の思い出でしょう。
0km/hの怪投と「消える魔球」の裏技
本作を語る上で欠かせないのが、物理法則を無視した数々の裏技です。特に有名なのが、本体のコントローラーと拡張端子側のコントローラーを同時に操作することで投げられる、球速0km/h〜1km/hの超スローボールです。
この「止まっているかのような球」を十字キーで変化させると、バッターボックスを大きく逸脱してからベース上に戻ってくるという、現実ではあり得ない軌道の魔球となりました。対戦プレイでこれをやられると、バッティングのタイミングを完全に狂わされ、友情に亀裂が入るほどの破壊力を持っていました。ポーズボタンを連打して打撃タイミングをずらす「ポーズ攻め」など、ルール無用の駆け引きもまた、昭和のファミコン風景の一幕でした。
シンプルな画面に宿る「野球のリアリティ」
選手個別のデータがないため、誰が打っても飛距離は同じ。スタミナの概念もないため、ピッチャーは何球投げても球威が落ちません。しかし、インコースを攻めて詰まらせたり、外角の逃げる球で空振りを誘ったりといった「野球の根本的な面白さ」は、驚くほど正確に再現されていました。
宮本茂氏をはじめとする開発陣が、野球という複雑なスポーツをいかにして「8ビットの文法」に翻訳するか。その試行錯誤の跡が、このシンプルなダイヤモンドの中に刻まれています。本作がなければ、後の『プロ野球ファミリースタジアム』の大ヒットも、今のリアルな野球シミュレーションも存在しなかったかもしれません。
当時の読者評価:『大技林』が記録した「原点」の数字
初期のスポーツゲームとして、当時のファンは本作を以下のように採点していました。
| キャラクタ | 音楽 | お買い得 | 操作性 | 熱中度 | オリジナル | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2.9 | 2.7 | 2.9 | 3.1 | 3.0 | 2.9 | 17.5 |
合計点は17.5点。後の名作群と比較すると点数は落ち着いていますが、注目すべきは「操作性」の3.1点です。この数字は、十字キーによる直感的なベース指定がいかに優れていたかを証明しています。
派手な演出や特殊能力に頼らずとも、野球というゲームを成立させた完成度の高さが、この堅実なスコアに表れています。当時はこれ一本で、夏休みが丸ごと潰れるほど熱中したプレイヤーが数多く存在したのです。
すべての野球ゲームの「マウンド」はここにある
『ベースボール』は、単なる懐古用のソフトではありません。それは、制約だらけのハードウェアで「いかに現実を抽象化して楽しませるか」という、任天堂の哲学が詰まった原点です。
お粗末な守備に肩を落とし、理不尽な魔球に憤慨し、それでもホームランの快感に酔いしれたあの時間。私たちが今、美しいグラフィックの野球ゲームを楽しめるのは、あの日の「B」の頭文字から始まった歴史があるからです。コントローラーを握り、1回表のサイレンを聞くたびに、私たちは何度でもあの熱いマウンドに戻ることができるのです。
