| タイトル | ピンボール(Pinball) |
|---|---|
| 発売日 | 1984年2月2日 |
| 発売元 | 任天堂 |
| 当時の定価 | 3,800円 |
| ジャンル | テーブルゲーム |
1984年2月、ファミリーコンピュータにおける「シミュレーション」の概念を一段階引き上げた傑作が誕生しました。それが『ピンボール』です。単なるデジタル版のピンボールと侮るなかれ、本作は限られた演算能力しか持たない8ビットマシン上で、重力、加速、反発といった物理法則を極めて滑らかに再現することに成功しました。
後に世界を驚かせることになる若き天才たちの情熱が注ぎ込まれた本作は、実機のピンボール台が持つ独特の「重み」や「緊張感」をお茶の間に持ち込み、185万本という世界的なヒットを記録しました。
スーパーコンピュータの父と任天堂社長が組んだ伝説のプログラム
本作の歴史的価値を語る上で欠かせないのが、その開発陣の豪華さです。メインプログラムを担当したのは、後に東京工業大学教授や理化学研究所の計算科学研究センター長としてスーパーコンピュータ「富岳」のプロジェクトを率いることになる松岡聡氏。そしてサブプログラマーとしてグラフィックス全般を担当したのが、後の任天堂社長となる岩田聡氏でした。
「ボールが放物線を描いて落ちる」「バンパーに当たって鋭く跳ね返る」といった挙動の一つひとつに、後の計算科学の権威となる松岡氏のロジックが組み込まれています。岩田氏が手掛けた滑らかなドット絵の動きと相まって、当時の他のソフトとは一線を画す「本物感」が漂っていました。
上下2画面構成と「消えるフリッパー」の戦略性
本作は上下に分かれた2画面構成を採用しており、ボールの位置に合わせて画面が瞬時に切り替わります。上画面ではスロットマシンを揃えて得点を稼ぎ、下画面ではトランプをめくって「アップポスト(フリッパーの間の支柱)」を出現させるといった、ターゲットを狙い撃つ楽しさが凝縮されていました。
また、スコアが10万点から15万点に達する間、フリッパーが透明になり見えなくなるという、デジタルならではの意地悪な仕掛けも存在しました。実機のシミュレーションに留まらず、ビデオゲームとしての「攻略法」や「遊び」を積極的に盛り込んだ点に、当時の任天堂とハル研究所のセンスが光っています。
マリオとポリーンが再会する秘密のボーナスステージ
下画面の特定の穴にボールが吸い込まれると、画面は第3のエリア「ボーナスステージ」へと移行します。ここで登場するのは、なんとマリオとレディ(ポリーン)です。
このステージはブロック崩しのような構成になっており、マリオが床を持って左右に移動しながらボールを跳ね返します。ビンゴランプを揃えてポリーンの足場を崩し、最終的に彼女を受け止めることができれば大量のボーナスが手に入ります。
『ドンキーコング』以来となるマリオの参戦は、当時のファンにとって嬉しいサプライズでした。ピンボールの中に物語性を持ち込むこの手法は、後に『メトロイドプライム ピンボール』などへと継承されていくことになります。
コピー品を許さない徹底したプロテクション
初期のファミコンソフトの中でも、本作は非常に強力なコピーガードが施されていたことで知られています。もしRAM(不正なコピー基板など)にプログラムを転送して実行しようとすると、フリッパーがランダムに動いてしまい、まともにプレイできない仕組みになっていました。
これは岩田氏らが「自分たちの魂を込めたプログラムを不正に扱わせない」という強い意志の表れであり、ソフトウェアの権利を守るという意識がまだ希薄だった時代における、極めて先駆的な取り組みでした。
当時の読者評価:『大技林』が記録した「暗闇」の中の評価
当時のプレイヤーたちが、この硬派なピンボールをどう採点したのか。1990年代に集計された読者アンケートによる5点満点の評価データです。
| キャラクタ | 音楽 | お買い得 | 操作性 | 熱中度 | オリジナル | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2.9 | 2.4 | 2.8 | 3.2 | 3.1 | 3.0 | 17.4 |
合計点は17.4点。BGMがなく、黒い背景の中で効果音のみが響くストイックな演出から「音楽」の項目は2.4点と低迷していますが、「操作性」の3.2点が本作の真骨頂を物語っています。フリッパーでボールを捉える際のレスポンスの良さ、思った方向へ球を打ち出せる精度。それらが高いレベルで実現されていたことが、数字として証明されています。
ゲームの「物理」はここから始まった
『ピンボール』は、派手な演出こそありませんが、ビデオゲームが「現実の感触」を再現できることを証明した記念碑的な作品です。ボールを打ち出した瞬間の加速感、スロットが回る高揚感、そしてポリーンを救い出した瞬間の達成感。それらは、数十年経った今でも色あせることのない、純粋なゲームの喜びです。
後のスーパーコンピュータ開発に繋がるロジックと、任天堂を支えることになるエンジニア精神が融合した、文字通りの「金字塔」。あの日、暗い画面の中で光る小さなボールを必死に追いかけた時間は、現代の精緻なシミュレーションゲームへと続く、長く豊かな旅路の出発点でした。
