『ハイパースポーツ』定規の角が効かなくなった日

タイトル ハイパースポーツ
発売日 1985年10月24日
発売元 コナミ
当時の定価 4,900円
ジャンル スポーツ

そういえば、あの頃の友達の家には、必ずコントローラーのAボタンが少し凹んでいたり、テカっていたりしたものだ。『ハイパースポーツ』を遊んだ家には、その証拠が残っていた。定規の角でボタンを擦る「裏技」が通用しなくなったと知った時の、あの驚きと少しの悔しさ。コナミは我々子供の「ずる」を、ちゃんと見ていたのだ。

定規連打を封じたコナミの物理的対策

そう、あの連打でボタンが軋む感触を覚えているだろう。親指の皮がめくれ、友達と交互に休みながら挑んだあの熱気を。だが、『ハイパースポーツ』が生まれた背景には、単なるオリンピック商戦以上の、コナミのしたたかな戦略が潜んでいた。前作『ハイパーオリンピック』が大ヒットした直後、開発チームは早くも続編の構想を練っていた。1984年のロサンゼルス五輪は絶好の機会だったが、彼らは単なる種目の追加では満足しなかった。最大の挑戦は、プレイヤーが編み出した「定規を使った連打」という裏技への対抗策だ。アーケード基板の筐体には、ボタンの周囲をわざわざ盛り上がった縁で囲むという、物理的な対策が施された。ゲームデザインそのものも、単純な連打競技から、水泳の息継ぎや棒高跳のタイミングなど、「リズムと駆け引き」へと重心を移している。これは、後に『グラディウス』で花開く町口浩康らプログラマーの、ゲームプレイそのものへの哲学的アプローチの萌芽と言えるだろう。つまり、『ハイパースポーツ』は、プレイヤーとのいたちごっこを超え、より深いインタラクションを求めた、コナミの技術的挑戦の結晶だったのだ。

町口浩康が込めた「間」の美学

そういえば、あのゲームセンターの片隅にあった筐体のボタンは、妙に縁が高かった。前作『ハイパーオリンピック』で定規を滑らせて連打するという「裏技」が流行ったからだ。コナミはそれを封じるために、物理的な制約を設けた。しかし、この制約こそが『ハイパースポーツ』のゲームデザインの核心を生み出した。指の腹で真正面から叩く、あるいは親指と人差し指で交互に弾く。そんな「生身の連打」のリズムとタイミングが、すべての競技の根幹にあるのだ。水泳の息継ぎ、重量挙げのパワー移動、棒高跳の体勢変更。いずれも連打の「量」ではなく、連打によって生まれる「流れ」の中での「一撃」が成否を分ける。単純な反射神経ゲームではなく、自ら生み出したリズムの波に乗り、その頂点で正確な判断を下すという、一種の「間」の美学がここにはある。制約が生んだのは、ボタンという原始的なインターフェースを、驚くほど豊かな身体表現の媒体へと昇華させた創造性だった。だからこそ、あの手の痛みとともに、プレイヤーは競技者と一体化した感覚を味わえたのだ。

リズムゲーム誕生の原点となった連打

あの連打でボタンが軋む感触は、コナミのハイパースポーツでこそ生まれたものだ。このゲームがなければ、後の「リズムゲーム」というジャンルは、少なくともあの形では生まれなかっただろう。左右のボタンを交互に叩くという単純な操作は、『ハイパーオリンピック』で確立されたが、『ハイパースポーツ』はそれを「タイミング」という新たな次元に引き上げた。水泳の息継ぎ、跳馬の踏み切り、アーチェリーの角度調整。これらは全て、連打という物理的な力技に「拍子」と「間」という音楽的な要素を融合させた。この「音楽的スポーツゲーム」とも呼べる感覚は、後に『ダンスダンスレボリューション』や『ギターヒーロー』といった、音楽そのものがコアとなるゲームの礎となった。単なる連打ゲームの進化系ではなく、プレイヤーの身体リズムとゲーム内のリズムを同期させる、全く新しいインタラクションの先駆けだったのだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
72/100 85/100 78/100 90/100 65/100 78/100

そういえば、あのゲームセンターの熱気を、自宅のリビングに持ち込んだような作品があった。ハイパースポーツだ。その評価を目にすると、何とも言えぬ納得感がこみ上げてくる。

キャラクタ72点、オリジナル度65点。この二つの控えめな点数が物語っているのは、本作の本質が「見た目」や「新奇さ」にはないということだ。むしろ、音楽85点、ハマり度90点という圧倒的な高さに全てが集約されている。あの電子音の疾走感は、プレイヤーの手足を直接駆動するエンジンのようなものだった。操作性78点は、確かに最初はもたつきを感じる部分もあったが、一度そのリズムを身体が覚えてしまえば、それはもはや欠点ではなく、ゲーム固有の「間」となる。友達と交互にプレイし、記録を競い合う。その熱中こそが、このスコアシートの真実だろう。点数はあくまで結果で、画面の向こうで沸き立っていた時間の価値は、数字では測りきれないのである。

あの熱気は、単なるゲームを超えていた。友と肩を並べ、同じ画面に歓声を上げた時間は、対戦でも協力でもない、第三のプレイスタイルを我々に刻み込んだ。今や当たり前となったパーティゲームの源流には、必ずこの汗と笑いと軽い筋肉痛の記憶が流れているのだ。