ドリームキャスト「早すぎたオーパーツ」が遺したインターネットの夢と「セガ最期の家庭用ハード」が刻んだ爪痕

2025年、一つの時代が密かに、しかし確実に幕を下ろした。

1998年にセガが放った最後の家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」。そのウェブブラウザから、ついにGoogleへのアクセスができなくなったという報告が海外で相次いでいる。
これまで、セキュリティ証明書の期限切れやレイアウト崩れを抱えながらも、かろうじて検索エンジンのトップページを表示することはできていた。それが今年10月頃から、接続しようとすると「サポート外」の警告と共に弾かれるようになったという。

発売から27年。本体の生産終了から数えても24年。むしろ「今の今まで繋がっていた」こと自体が奇跡に近いが、このニュースは単なるレトロハードの寿命という話には収まらない。
なぜなら、ドリームキャストとは単なるゲーム機ではなく、人類が初めて手にした「リビングルームから世界へ繋がる扉」そのものだったからだ。

本稿では、Googleへの接続が途絶えた今だからこそ、セガがこの白き箱に込めた「早すぎた夢」と、それが現代のゲーム史に刻んだ不可逆的な爪痕について検証する。

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2025年10月、ドリームキャストの「ネット寿命」が尽きた意味

冒頭のニュースが示唆するのは、ドリームキャストというハードウェアの寿命ではない。インターネットというインフラ自体の変容だ。

ドリームキャストが搭載していたブラウザ(ドリームパスポート等)は、当然ながら現代の複雑怪奇なWeb技術には対応していない。HTML5もCSS3も、高度な暗号化通信も想定外の世界だ。
それでもGoogleが表示できていたのは、Google側の「シンプルさ」のおかげだった。検索窓とロゴだけという極限まで削ぎ落とされたデザインが、90年代の遺物を受け入れていたに過ぎない。

今回、その接続が遮断されたということは、Webの世界が「レトロハードが入り込めない領域」へと完全に移行したことを意味する。
アナログモデムが奏でる「ピーヒョロロ」という接続音と共に、我々がかつて見たインターネットの原風景は、物理的にもデジタル的にも、ここへ来て完全に過去のものとなったのだ。

標準搭載された「アナログモデム」という革命

ドリームキャスト最大の特徴にして、最大の「オーパーツ(場違いな工芸品)」的要素。それは間違いなく「通信モデムの標準搭載」である。

現代の感覚では理解し難いかもしれないが、1998年当時、インターネットは「パソコンを持っている一部のオタクのもの」だった。家庭用ゲーム機でネット対戦やブラウジングを行うなど、SFの世界に近い。
そこにセガは、33.6kbps(後期は56kbps)のモデムを全台に搭載するという暴挙に出た。

テレホーダイの夜と、電話代の請求書

当時の少年たちは、ドリームキャストを通じて初めて「世界」と触れた。
23時から翌朝8時まで電話代が定額になる「テレホーダイ」の時間帯を待ちわび、リビングの電話線を引っこ抜いてゲーム機に繋ぐ。親に怒られ、高額な請求書に青ざめながらも、我々はこの白い箱を通じてチャットをし、掲示板に書き込み、対戦に明け暮れた。

PlayStation 2がDVD再生機能で「映画」をリビングに持ち込んだのに対し、ドリームキャストは「通信」を持ち込んだ。
方向性は正しかった。正しすぎたのだ。ただ、時代とインフラ(ADSLや光回線)が、セガの理想に追いついていなかっただけである。

時代を先取りしすぎた「ビジュアルメモリ」

コントローラーに液晶画面付きのメモリーカードを差し込み、手元で情報を確認したり、単体でミニゲーム機として遊んだりする。
この「ビジュアルメモリ」の構想もまた、早すぎた発明だった。

これは現代で言うところの「セカンドスクリーン」の発想だ。
Wii UのGamePadや、スマホ連携機能の先駆けと言える。友人宅へ行って対戦する際、自分のデータを持ち運ぶだけでなく、育成したキャラクター(チャオなど)をその場で対戦させるといった遊びは、今のモバイルゲームのソーシャル性に通じるものがある。

電池の持ちが悪く、起動音が「ピー!」と異常にうるさいという欠点はあったものの、ハードウェアの拡張性としてこれほどワクワクさせたデバイスは他にない。

「シェンムー」「PSO」――ソフトもまた、器を超越していた

ハードウェアだけではない。その上で動くソフトウェアも、異常なまでに野心的だった。

『シェンムー』が示したオープンワールドの原点

3D空間のNPC全員に生活サイクルがあり、すべての引き出しが開けられ、天候が変化する。
『シェンムー』が目指したリアリズムは、後の『グランド・セフト・オート』シリーズや『龍が如く』に多大な影響を与えた。当時のハードスペックでこれを実装しようとした狂気的なこだわりは、セガの開発力がいかに常軌を逸していたかを物語る。

『ファンタシースターオンライン(PSO)』という偉業

そして、コンシューマーゲームにおけるオンラインRPGの金字塔『PSO』。
「はじめまして」「ありがとう」といった定型文チャットや、国境を超えたマッチング。PCを持たない層に「オンラインゲームの沼」を教えたのは、間違いなくこの作品だ。
ダイヤルアップ回線の不安定な接続の中で、ラグや切断と戦いながら絆を深めた体験は、今の高速回線世代には味わえない独特の連帯感を生んだ。

なぜドリームキャストは覇権を握れなかったのか

ネット接続、高性能なグラフィック処理能力、独創的な周辺機器。
これだけの要素を揃えながら、なぜドリームキャストはPlayStation 2に敗北し、セガをハード事業撤退へと追い込んだのか。

1. 「DVD再生機能」の欠如

最大の敗因はこれに尽きる。
2000年当時、PS2は「最も安いDVDプレイヤー」として一般家庭に普及した。ゲームをしない層までもがPS2を買い求めたのだ。
一方、独自規格のGD-ROMを採用したドリームキャストは、あくまで「ゲーム機」の枠を出ることができなかった。

2. サードパーティの囲い込み失敗

スクウェア(現スクウェア・エニックス)やエニックスといったRPGの巨塔がPS2陣営に付いたことで、ライトユーザー層の関心は完全にソニーへ流れた。
セガの尖ったアーケード移植タイトルはゲーマーを熱狂させたが、マス層を動かすには至らなかったのである。

3. 湯川専務の自虐CMが予言した未来

「セガなんてダッセーよな」。
湯川専務(当時)を起用した自虐的なCMキャンペーンは大きな話題を呼んだが、結果としてそのフレーズは呪いのようにまとわりついた。
生産体制の不備によるスタートダッシュの失敗も含め、マーケティングと供給の噛み合わせの悪さが、優れたハードの足を引っ張り続けた。

結論:ドリームキャストは死んでいない

2025年、Googleへのアクセスが途絶えたことで、ドリームキャストは「インターネット端末」としての役割を完全に終えた。
しかし、それはこのハードの死を意味しない。

オンラインマルチプレイ、ダウンロードコンテンツ、ボイスチャット、セカンドスクリーン。
現在のゲーム機で当たり前となっている機能の多くは、ドリームキャストが血を流しながら切り開いた荒野の上にある。
マイクロソフトが初代Xboxを開発する際、ドリームキャストの設計思想を色濃く受け継いだことは有名な話だ。

ドリームキャストは敗北したハードではない。未来を先取りしすぎて、現代という時代が追いつくのを待たずに燃え尽きた、美しき先駆者だ。
白い筐体が黄ばんでしまったとしても、その背中にあるモデムポートを見るたび、我々は思い出すだろう。ここから初めて、世界へ繋がった日のことを。

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