『スーパーマリオUSA』引き抜く草と4人の勇者、もう一つのマリオ伝説

タイトル スーパーマリオUSA
発売日 1992年9月14日
発売元 任天堂
当時の定価 6,500円
ジャンル アクション

そういえば、あの頃、友達の家で初めて見た時は、ちょっと混乱したものだ。「マリオって、こういうゲームだったっけ?」地面の草を引き抜いて、そのまま敵の頭にぶつける。キノコを踏んでも大きくなれない。しかも、なんとピーチ姫がプレイヤーキャラだ。ファミコンのカセットに刻まれた『スーパーマリオUSA』という文字は紛れもないのに、中身はどこか違和感のある、不思議なマリオの冒険だった。実はこれ、『夢工場ドキドキパニック』という全く別のゲームが、マリオたちの姿を借りて日本に逆輸入されてきたものなのだ。当時の我々は、その裏事情など知る由もなく、ただ「変なマリオ」として、4人のキャラクターを使い分けながら、ワールドを駆け巡ったのである。

夢工場から生まれた「もうひとつのマリオ」

そう、あの独特の手触りだ。敵を持ち上げて投げる。土管ではなく壺。そして4人のキャラクター。『スーパーマリオUSA』は、我々が知るマリオの常識を、優しく、しかし確実にひっくり返して見せた。このゲームが生まれた背景には、実は任天堂のしたたかな戦略と、当時の業界が抱えるある「壁」が横たわっていた。海外では、初代『スーパーマリオブラザーズ』の続編として『スーパーマリオブラザーズ2』の名で発売されたが、その実体は日本で『夢工場ドキドキパニック』として発売された、富士電視台のイベント「夢工場」とのコラボレーション作品だった。なぜそんなことが起こったのか。その理由は、任天堂が北米市場で直面した「難易度の壁」にある。本来の続編である『スーパーマリオブラザーズ2』(いわゆる「難しすぎるマリオ」)は、海外のテストプレイヤーから「難しすぎる」という評価を受け、そのまま発売するにはリスクが大きすぎた。そこで白羽の矢が立ったのが、キャラクターを差し替えれば、色鮮やかで遊びやすく、しかも完成度の高い『夢工場ドキドキパニック』だったのだ。これは単なるローカライズではなく、市場の声を敏感に察知した、極めて現実的なビジネス判断であった。結果として、この「代替品」は大ヒットを記録し、ピーチやキノピオが操作キャラクターとして定着するきっかけを作った。一見すると「変わり種」に思えるこの作品は、実は海外市場における任天堂の危機管理と、新たな可能性を切り開いた、重要な転換点の産物なのである。

敵を拾う、運ぶ、投げるという革命

そういえば、あのゲームでは、敵を踏みつぶすんじゃなくて、持ち上げて投げるんだった。コントローラーのAボタンを押し込む感触とともに、マリオがピチピチと跳ねるノッパを頭上に掲げ、そのままスルスルと歩き出す。あの違和感と新鮮さが、このゲームのすべての始まりだった。

『スーパーマリオUSA』の面白さの核心は、まさにこの「敵を道具として扱う」という一点に集約される。従来のマリオが「避けるか、踏みつけるか」という二者択一の関係だったのに対し、ここでは敵を「拾い、運び、投げる」という第三の選択肢が生まれた。敵は障害物であると同時に、遠くのスイッチを押すための重しであり、高所への足がかりであり、別の敵を倒すための飛び道具でもある。この一つのルールの追加が、ステージデザイン全体に無限のバリエーションをもたらしたのだ。

その創造性は、ある制約から生まれている。このゲームの原型である『夢工場ドキドキパニック』は、もともとマリオのようなジャンプアクションを前提としていなかった。だからこそ、「踏みつけ」という最も基本的な攻撃方法が最初から存在しなかった。開発者はこの「欠如」を逆手に取り、「では、敵とどう関わるか?」という根本からゲームルールを再構築せざるを得なかった。その結果生まれたのが、「持ち上げ」という全く新しいインタラクションだった。制約が、型破りな発想を強制した好例である。

プレイヤーは、目の前の敵を見て、単純に「よけよう」「倒そう」ではなく、「あの敵をあそこまで運べば、あの草が抜けるかもしれない」「この敵を投げて、向こうのスイッチを押そう」と、能動的で戦略的な思考を巡らせることになる。Bボタンを押し続けて走りながら、タイミングを見計らって敵を拾い、弧を描いて放り投げる。その一連の動作が、従来のマリオにはない、深い没入感と操作の妙味を生み出している。あの頃、友達の家で「マリオ2は敵を投げるんだぜ!」と興奮して語った記憶は、まさにこのゲームデザインの革新性を直感的に感じ取っていたからに違いない。

ヨッシーと3Dマリオに受け継がれた遺伝子

そういえば、あの頃、マリオが敵を持ち上げて投げるなんて、誰も想像していなかった。『スーパーマリオUSA』が我々に教えてくれたのは、マリオが「踏む」だけのヒーローではないということだ。この「敵を持ち上げて投げる」という一見単純なシステムは、後のアクションゲームのDNAに深く刻み込まれることになる。

このゲームがなければ、『ヨッシーアイランド』シリーズにおける「敵を掴んで投げる」というコアな操作体系は生まれなかったかもしれない。さらに言えば、複数のキャラクターから特性の異なる一人を選んでプレイするという形式は、後の『スーパーマリオ64』や『スーパーマリオギャラクシー』におけるキャラクターによる能力差の概念へと発展していく。単なる「別キャラのスキン」ではなく、「戦略的な選択肢」としてキャラクターを位置付けた先駆性は極めて大きい。

現代から振り返れば、この作品は正統派『スーパーマリオブラザーズ』の系譜からは少し外れた、実験的で自由な「もう一つのマリオ」の原型であった。その自由さが、マリオシリーズという巨大な樹木が多様な枝を伸ばすための、大切な養分の一つとなったのである。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
92/100 85/100 88/100 90/100 95/100 90/100

そういえば、あの頃、マリオが土管から出てくるだけじゃなくなったんだ。ピーチ姫を奪ったのはクッパじゃない、得体の知れない「ワンワン」だ。そして、マリオはいつものジャンプだけじゃなく、地面から野菜を引き抜いて投げつけていた。

GAMEXのスコアが物語るのは、この「ずれ」がもたらした驚きだ。オリジナル度が突出して高い。これは当然だろう。日本で『夢工場ドキドキパニック』として生まれ、マリオたちに着替えて帰ってきたこのゲームは、ファミコン版『スーパーマリオブラザーズ』の直系とは明らかに異質だった。その異質さが、キャラクタの高評価と操作性・音楽の若干の控えめな点数の差に表れている。見た目の愛らしさと新鮮なシステムは強く印象に残るが、操作性の「癖」や、耳慣れない音楽は、当時のプレイヤーに少しの戸惑いを与えたのかもしれない。

しかし、ハマり度が高いことが全てを物語っている。異質ではあるが、野菜を投げ、敵を踏みつぶす新たなリズムは、すぐに身体に染み込んだ。あの独特な浮遊感のあるジャンプと、パワーアップの概念の不在。それらが織り成す難易度と、4人という多彩なキャラクター選択が、ただの「外伝」を超えた深い遊びを生み出していたのだ。

あの頃、地面を引き抜くという行為が与えた衝撃は計り知れない。それは単なるギミックを超え、ゲーム世界そのものへの能動的な介入を感じさせる最初の体験だったかもしれない。今や多くのゲームがプレイヤーに世界を「変える」力を与えるが、その源流の一つには、確かにピーチ姫の国で振りかざしたあのスコップが存在しているのだ。