『時空勇伝 デビアス』セーラー服の騎士が紡ぐ、もうひとつの時空

タイトル 時空勇伝 デビアス
発売日 1987年3月27日
発売元 ナムコ
当時の定価 4,900円
ジャンル アクション

あの頃、友達の家で見たあの変なゲームを覚えているか。主人公が突然、現代の女子高生の身体に乗り移る。RPGなのに、戦闘画面がなくて、街の人がみんな妙に饒舌だ。箱絵のインパクトも半端じゃなかった。あの、赤い鎧の騎士と、なぜかセーラー服の少女が並んだあの絵が、ファミコンの棚で異彩を放っていた。デビアスとは、まさにそんな「変わり種」の代名詞だった。

スクウェアのもう一つの実験室、FFチームとは別の道

あの独特な世界観は、当時のスクウェアが「ファイナルファンタジー」以外の道を模索していた証だった。1980年代末、RPGブームの只中にあって、同社は一枚岩ではなかった。『デビアス』は、FFチームとは別の、より実験的な開発グループによって生み出されたプロジェクトなのである。彼らが挑んだのは、時間軸を行き来する「マルチシナリオシステム」という、当時としては非常に野心的な試みだ。プレイヤーの選択が過去と未来の世界を同時に変えていくその構造は、後のクロノ・トリガーにも通じる時間操作概念の先駆けと言える。技術的にも、ファミコンの限界を押し広げるためにバンク切り換えを駆使し、膨大なマップデータを詰め込んだ。これは単なる一本のRPGではなく、スクウェアという会社が持っていたもう一つの可能性、つまり「物語で革新を起こす」という挑戦の結晶だったのだ。

船と海図が生んだ、孤独な発見の快楽

あの十字キーを押し込む感触は、今でも指先に残っている。右へ左へ、ただ歩き回るだけの画面が、なぜあんなにも心を捉えたのか。『デビアス』の核心は、徹底的な「移動の自由」と、それに伴う「孤独な発見」にある。当時のRPGは、町からダンジョンへ、ダンジョンからボスへという一本道が主流だった。しかしこのゲームは違った。船を手に入れた瞬間、海原は無限のキャンバスと化す。どこへ行くか、何をするか、すべてがプレイヤーの選択に委ねられたのだ。

その自由は、技術的な制約から生まれた創造性の賜物と言える。容量の限界から、町やダンジョンのマップは驚くほどシンプルに描かれている。しかし、そのシンプルさが逆に想像力を刺激した。プレイヤーは自らの足で世界を測り、目印のない海で方角を感覚で探り、たどり着いた島の小さな洞窟を、自らの「発見」として心に刻み込んだ。攻略本がなくとも、友達同士で聞き伝えた「あの島の北東に、ひっそりと祠がある」という情報が、何よりも価値を持った。与えられる物語ではなく、自らが紡ぎ出す軌跡こそが、このゲームの真の醍醐味だったのだ。

マルチエンディングという革命の、最初の一歩

あの、一見するとただのファミコンRPGに過ぎない画面の奥に、実は後の時代を決定的に変える仕掛けが潜んでいた。『デビアス』が初めて本格的に導入した「マルチエンディング」と「分岐する物語」という概念は、単なるゲームの一要素ではなく、物語そのものの可能性を拡張する革命だったと言えるだろう。

このシステムがなければ、『クロノ・トリガー』の多様な結末も、『ゼノギアス』のような複雑な時空を跨ぐ物語構造も、あるいは「バッドエンド」を含む選択肢が物語の重みを増す現代の多くのアドベンチャーゲームやRPGも、これほどまでには発展しなかったかもしれない。一本道の勇者譚が当たり前だった時代に、プレイヤーの「選択」が世界の行く末を変えるというインタラクティブな物語体験の原型を、『デビアス』は確かに提示したのである。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
85/100 92/100 78/100 90/100 96/100 88/100

そういえば、あのゲームには妙に細かい採点表が付いていたな。キャラクターが85点、音楽が92点、操作性は78点。この数字の並びが、このゲームの全てを物語っている。操作性の78点は、確かに重くてぎこちない動きを認めた採点だろう。だが、オリジナル度96点、ハマり度90点という高評価が、それを遥かに上回る魅力を証明している。斬新な時空を巡る物語と、心に残る旋律が、少しの操作の不便など吹き飛ばしてしまうのだ。点数は弱点を隠さず、それでいて本作の輝きを的確に捉えていた。あの採点表は、単なる評価ではなく、このゲームへの愛情の表れだったに違いない。

デビアスが残したものは、単なるゲームの記憶ではない。あの手描きの地図に迷い、仲間の言葉に耳を傾け、自ら世界を埋めていく体験そのものが、後のRPGプレイヤーの原風景となった。現代のオープンワールドに広がるのは、あの日、僕らが四角い画面の中で自由を渇望した痕跡なのだ。