| タイトル | グーニーズ2 フラッテリー最後の挑戦 |
|---|---|
| 発売日 | 1987年3月18日 |
| 発売元 | コナミ |
| 当時の定価 | 5,500円 |
| ジャンル | アクション |
あの映画の続きは、ファミコンでしか知らない。そう、グーニーズの冒険はスクリーンで終わらず、8ビットの世界でひっそりと続いていたのだ。前作を遊んだ者なら、あの横スクロールの洞窟を覚えているだろう。だが、二作目をカセットに差し込んだ瞬間、画面の奥行きに驚かされたに違いない。突然現れた3D迷路。十字キーの上下が「前後」を意味する、あの戸惑い。まるでゲームが突然、別の次元に飛び込んだかのようだった。
コナミがNES市場に賭けた「アニー」という一手
そう、あの3Dダンジョンだ。初めて見たときは、ファミコンであんな画面が作れるのかと驚いたものだ。しかし、この『グーニーズ2』が生まれた背景には、当時のコナミが抱えたある「挑戦」があった。それは、海外市場への本格的な進出という、業界全体の大きなうねりと無関係ではない。前作『グーニーズ』は日本国内のみの発売だったが、映画の人気を追い風に、今度こそ北米NES市場へと打って出る。そのために、前作を凌ぐ「進化」が求められたのだ。単なるアクションではなく、探検と謎解きの要素を加えた「アドベンチャーアクション」という新たなジャンルを模索する試みが、あの3Dダンジョンと広大なマップを生み出した。開発陣は、限られた容量の中で「映画の世界観」と「ゲームとしての面白さ」の両立に苦心したという。結果として生まれた独自のストーリーとオリジナルキャラクター「アニー」は、単なる映画のゲーム化を超え、一つの完成した作品世界を築き上げることになった。これは、ライセンス作品でありながら、ゲームとしての独自性を強く打ち出した、当時としては極めて意欲的な一作だったのだ。
壁を叩く音が地図になる、3Dダンジョンの手触り
あのダンジョン画面の暗がりで、壁をハンマーで叩き続けた時の感覚を覚えているだろうか。何もないはずの壁から、突然アイテムが現れた時の驚き。『グーニーズ2』の面白さは、この「探索の手応え」に尽きる。アクションゲームの枠に、3Dダンジョンというアドベンチャー要素を無理やりねじ込んだことで生まれた、奇妙で濃密な体験だ。
なぜ面白いのか。それは、プレイヤーに「地図を描く」ことを強いているからだ。当時はネットも攻略サイトもない。手に入るのは雑誌の不完全なマップか、友達同士で交換する手書きのメモだけ。画面に表示される抽象的なドットの羅列を、頭の中で立体化し、どこに何があったかを自分だけの情報として蓄積していく。そのプロセス自体が、最大のゲームプレイだった。ヨーヨーで敵を倒しながらも、心は常に「あの部屋のあの壁は叩いたっけ?」とダンジョンに飛んでいる。二つのゲームジャンルを行き来する煩雑さが、逆に没入感を生み出していた。
制約が創造性を生んだ好例が、あの「アイテム受信機」だろう。仲間の居場所を示す青い点は、画面上では単なる目印でしかない。しかし、その青点を追いかけて未知のエリアに踏み込み、時には行き止まりにぶつかり、別のアイテムを求めて戻る。この試行錯誤のループが、広大なステージを「自分のもの」にしていく感覚を育てた。限られた画面表現とメモリが、プレイヤーの想像力と記憶力に大きく依存するゲームデザインを生み出したのだ。結果、クリアした時の達成感は、単純なアクションゲームを超えるものになった。全てが手取り足取り教えてくれる現代のゲームとは真逆の、能動的で泥臭い楽しさが、ここには詰まっている。
メトロイドとゼルダを先取りしたハイブリッド構造
そういえば、あのダンジョン探索の画面、初めて見たときは「なんだこれ?」と思ったものだ。平面のアクション画面から突然、一人称視点の迷路に放り込まれる。壁を叩けば隠し部屋が現れ、行き止まりでNPCから謎めいたヒントを聞く。当時の感覚で言えば、これは紛れもない「冒険」だった。この『グーニーズ2』が持つ3Dダンジョンとアクションステージのハイブリッド構造は、後のゲームデザインに確かな爪痕を残している。
具体的に言えば、『メトロイド』(1986年)の「行き止まりを打開するアイテム探索」と、『ゼルダの伝説』(1986年)の「ダンジョン内での謎解き」を、一つの作品の中で先取りする形で融合させていたのだ。本作は、横スクロールアクションという当時の主流フォーマットの中に、探索と成長の要素を深く埋め込んだ先駆けと言える。プレイヤーはヨーヨーやブーメランといった武器を駆使しながらも、鍵や爆弾といった消耗品を管理し、仲間を探して広大なマップを縦横無尽に移動する。この「アクション性」と「探索・成長要素」の融合は、後の所謂「メトロイドヴァニア」と呼ばれるジャンルの萌芽を感じさせるものだった。
さらに特筆すべきは、ゲームオーバー後の扱いだ。自機が0になっても即ゲームオーバーにはならず、コンティニューかパスワード取得を選ばせる。コンティニューを選べば、一部アイテムを失う代わりに、中断した場所近くから再開できる。これは、過度なプレイのリセットを防ぎつつ、プレイヤーの進行をある程度尊重する、極めて現代的なコンセプトである。後の多くのゲームが採用する「チェックポイントからの再開」や「ペナルティ付きコンティニュー」の考え方を、この時代に既に実装していたことになる。
つまり『グーニーズ2』は、単なる映画のゲーム化という枠を超え、アクションとアドベンチャーの境界を曖昧にし、プレイヤーの挫折感を軽減するインターフェースを実験した、一種の開発実験場だったのだ。このゲームがなければ、後の複雑な探索型アクションゲームの進化は、もう少し違った道筋を辿っていたかもしれない。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 78/100 | 82/100 | 75/100 | 85/100 | 90/100 | 82/100 |
そういえば、グーニーズのゲームって二つあったよな。その二作目、妙に覚えているのはあの異質な世界観だ。ファミコンで遊べる映画の続編なんて、当時はそれだけで胸が躍ったものだ。
キャラクタ78点、音楽82点。この数字が物語るのは、映画の空気感を懸命に再現しようとした開発者の熱意だろう。特にオリジナル度が90点と突出している。単なる横スクロールアクションに留まらず、スケボーや水中探索、果ては射的ゲームまで詰め込んだその貪欲さは、まさに「フラッテリー最後の挑戦」という副題に相応しい冒険心だった。
操作性75点は、確かに色々な仕掛けを盛り込み過ぎた代償かもしれない。だが、ハマり度85点が示す通り、一度その沼にはまれば、あの手この手で海賊の財宝を追いかける子供心を、存分に満たしてくれたのである。
あの頃、友達と交互にコントローラーを握りながら挑んだフラッテリーの罠は、単なる難易度の高さを超えていた。プレイヤーを挫くためではなく、共に考え、時には叫び、最後には歓声を上げるための仕掛けだった。現代の協力プレイの原点は、あの地下室のテレビの前で、すでに育まれていたのだ。
