| タイトル | 水戸黄門II 世界漫遊記 |
|---|---|
| 発売日 | 1988年2月18日 |
| 発売元 | サン電子 |
| 当時の定価 | 5,900円 |
| ジャンル | アクション |
そういえば、あのドラマの主題歌が、ゲームの中で流れてきたんだよ。『あゝ人生に涙あり』のあのメロディーが、ファミコンのスピーカーから、少し歪みながらも確かに聞こえてきたときは、ちょっとした感動だった。テレビの前で見ていた水戸黄門が、いつの間にか8ビットの世界に紛れ込んで、しかも自分が操作する側になっている。あの印籠を出すシーンを、自分でボタンを押して再現できるなんて、子供心にこれはすごいことだと思ったものだ。
格さんの声がカートリッジから聞こえた日
そう、あの印籠の音声だ。ファミコンのカートリッジから、格さんの「静まれ、静まれ!!」が聞こえてきた時の衝撃は忘れられない。当時、音声合成は『デッドゾーン』などで使われ始めた最先端技術だった。それを、時代劇ドラマの決め台詞に応用した発想は、まさに「テレビの黄門様も太鼓判」というキャッチコピー通り、異色のコラボレーションを生み出した。
この『水戸黄門II 世界漫遊記』が生まれた背景には、1980年代後半のゲーム業界における「メディアミックス」という大きな潮流があった。人気テレビ番組や漫画をゲーム化する動きは活発だったが、単なる移植ではなく、原作の「空気感」をどう再現するかが課題だった。トーセとサン電子は、音声合成という当時の新技術を駆使することで、ドラマの臨場感をファミコンに持ち込むことに成功する。特に、悪人を倒した時に証拠品を落とすシステムや、時間制限の中で聞き込みを進めるゲームデザインは、ドラマの「一話完結型ミステリー」の構造を見事にゲーム化したものだ。
さらに、このシリーズにはもう一つの挑戦が隠されている。それは、アクションとアドベンチャーを融合させた「探索型アクション」というジャンルの開拓である。単に悪人を倒すだけでなく、八兵衛や弥七に変身して特殊な行動を取らなければ先に進めない仕組みは、当時のプレイヤーに新鮮な驚きを与えた。『いっき』で培われたアクション性に、推理と探索の要素を加えたその試みは、後の多様なゲームデザインに少なからぬ影響を与えたと言えるだろう。
八兵衛と弥七、役割分担という名の探索
そう、あの印籠の台詞がファミコンから聞こえてくるだけで、なぜか背筋が伸びたものだ。だが、このゲームの本当の面白さは、テレビの黄門様を再現すること以上に、限られた容量の中で「探索」と「時間制限」という緊張感をどう料理したかにあった。プレイヤーは助さんや格さんとなり、町を歩き回り、善人からは話を聞き、悪人には殴りかかって泣かせ、証拠を集めていく。その過程で、八兵衛に変身しなければ聞けない情報があったり、弥七で屋根裏に潜り込まなければ掴めない謀議があったりと、単なるアクションではなく、変身アイテムを使い分ける「役割分担」が探索の幅を広げていた。コントローラーの十字キーで細かい町並みを歩き回り、Bボタンで話しかけ、Aボタンで拳を振るう。その単純な操作の繰り返しの中に、パズルのピースを探すような手応えが詰まっていたのだ。当時の技術では、広大なオープンワールドなど作れない。だからこそ、小さな町という舞台に「時間」という制約を加え、変身というシステムで縦横の広がりを持たせた。画面の上部を流れる「日」のゲージが迫る焦燥感。まだ証拠が足りないのに、日が暮れて調査打ち切り、という悔しさ。その制約が、漫然と歩き回るのではなく、頭を使い、優先順位を決めて動くという、独自のゲームプレイを生み出した。天下の副将軍が、実はプレイヤーに「時間管理」と「リソース配分」を強いる、意外にシビアなゲームデザインの持ち主だったのである。
「てがかり」ゲージが残したもの
そう、あの「てがかり」ゲージだ。証拠を集めるごとに溜まっていくあのメーターは、当時としては画期的なシステムだった。これを「アドベンチャーゲームにおけるクエスト進行度の可視化」の先駆けと呼ぶ者もいる。確かに、後の『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』に代表される、アイテム集めや条件達成によって進行が開示される形式は、この「てがかり」という概念なくしては生まれなかったかもしれない。さらに、八兵衛や弥七など、状況に応じて操作キャラクターを切り替え、それぞれの特性で問題を解決するというゲームデザインは、後の『天地を喰らうII』や『ワンダープロジェクトJ』といった、キャラクター特性を活かしたパズル的アクションにその系譜を見ることができる。現代から見ればグラフィックや操作性に古さは否めないが、アドベンチャーとアクションを融合させ、ストーリー進行をゲームシステムとして見事に昇華させた点で、その先駆性は高く評価されるべきだろう。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 65/100 | 72/100 | 60/100 | 62/100 | 78/100 | 67/100 |
そういえば、水戸黄門のゲームって、あの印籠を出すシーンをどう再現するんだろうと、箱を開ける前からワクワクしたものだ。結果として、このスコアはその期待と体験を、見事に言い表している。オリジナル度が突出して高い。時代劇キャラの世界漫遊という、他に類を見ない奇抜な発想が評価されたのだろう。一方で、操作性やハマり度は及第点ぎりぎり。確かに、移動やアクションにはどこかもたつきを感じた。キャラクターの愛嬌はあるが、ゲームとしての手応えは少し物足りない。総合67点という数字は、奇抜なアイデアを称えつつも、遊びの核心部分では及第点を出せなかった、ある種の正直な評価に思える。
あの時代、ゲームはまだ「遊び」の枠を超える可能性を秘めていた。『水戸黄門II』が示した異色の歴史アドベンチャーは、後の時代に「ゲームで学ぶ」という一つの道筋を、ほんの少しだけ照らしたのだ。あなたが黄門様の印籠を探したあの日々は、ゲームという媒体の懐の深さを、無意識のうちに体感していた時間だったに違いない。
