『アップルタウン物語』ディスクシステムに仕組まれた、もうひとつの生活

タイトル アップルタウン物語
発売日 1987年4月3日
発売元 スクウェア
当時の定価 4,900円
ジャンル シミュレーション

あのディスクシステムの赤い箱を開けた時、僕らはまだ知らなかった。中に入っていたのは、女の子一人と猫一匹の、小さな家の風景だった。ボタンを押せば何かが起こるわけでも、クリアを目指して走り回るわけでもない。ただ、彼女の暮らしをのぞき見るだけ。ファミコンで、そんなことが許されるんだろうか。

リトル・コンピュータ・ピープルが猫と少女になった日

そう、あの女の子と猫が暮らす、小さな家があった。ディスクシステムのカードを差し込むと、画面の向こうに確かに息づくもう一つの生活が始まる。ただ眺めているだけの、それでいて何かを感じてしまうあの時間は、当時のゲームの概念をそっと揺るがすものだった。

この作品の根底には、海外の『リトル・コンピュータ・ピープル』という実験的なソフトがある。それをスクウェアが輸入し、日本向けに大胆にローカライズしたのが『アップルタウン物語』だ。原作のビジネスマン風のキャラクターを、女の子と猫という親しみやすい存在に置き換えたのは、まさに日本の家庭に溶け込ませるための妙手だったと言える。当時、RPGの礎を築きつつあったスクウェアが、こうした「生活観察シミュレーション」に手を染めたこと自体が、ある種の挑戦だった。ゲームとは遊ぶもの、クリアするものという常識の中、ただ「存在を感じる」ためのソフトウェアを世に送り出したのである。

結果として、それは明確なエンディングもなく、目的さえ曖昧な作品となった。しかし、プレイヤーに与えられた「プレゼントを渡す」「手紙を書く」といった限られた関わり方は、むしろその距離感が独特の愛着を生んだ。画面の中の彼女がピアノを弾き、本を読み、時には不機嫌になる様子は、単なるプログラムの反応を超えて、どこか心を持っているように錯覚させた。これは後に「育成」や「コミュニケーション」と呼ばれるジャンルの、極めて初期の、そして哲学的な一歩だった。遊び方を定義しないことで、かえってプレイヤーの想像力に委ねる、そんな稀有な体験をファミコンは提供していたのだ。

プレゼントを渡すだけの、不思議な飼い主体験

そういえば、あの女の子は、こちらの言葉は決して理解してくれなかった。コントローラーの十字キーでアイテムを選び、Aボタンを押して画面のあちこちに「届ける」だけだ。プレゼントを渡せば喜び、ゴミを置けば不機嫌になる。その単純な因果が、なぜか妙に心を捉えた。このゲームの面白さの核心は、まさにそこにある。「飼育」でも「育成」でもない、限られたインタラクションの中での「観察」と「推測」の楽しさだ。

ディスクシステムという媒体は、セーブ機能を可能にし、女の子の生活が継続する世界を作り出した。プレイヤーに許されたのは、彼女の空間に物を「置く」という最小限の行為だけである。この極端な制約が、逆に豊かな想像力を刺激した。彼女がピアノに向かうのは、こちらの勧めなのか、それとも自発的なのか。猫と遊ぶ様子を見て、彼女の気分を読み取ろうとする。ゲームは何も教えてくれない。すべては画面の中の小さな生活者の振る舞いから、プレイヤー自身が「物語」を紡ぎ出す作業なのである。

当時、多くのゲームが明確なゴールを提示していた中で、この作品はただ「そこにいる」ことを許容した。エンディングがないということは、彼女との時間がいつまでも続くという幻想を生んだ。制約が生み出したのは、画面上のドットの女の子と、画面の前に座る子供との間の、静かで不思議な共生の感覚だった。

どうぶつの森へと続く、見守るゲームの系譜

そう、あの女の子と猫が暮らす、小さな四角い家があった。プレイヤーは窓の外から彼女の生活を覗き見るだけの、それでいて不思議と時間を忘れてしまう体験をした。ただ見守るだけのこのゲームは、当時としてはあまりに異質だったかもしれない。しかし、その「観察」と「干渉」のシステムは、後のゲームデザインに確かな痕跡を残していく。

例えば、『どうぶつの森』シリーズの根底に流れる「住人との緩やかな交流」や「贈り物を通じた関係構築」は、このゲームが先鞭をつけた領域だと言える。プレイヤーが直接操作するのではなく、環境を整え、アイテムを提供することでキャラクターの反応を引き出す。そのインタラクションの原型がここにある。また、『シムズ』に代表されるライフシミュレーションの源流の一つとして、この作品の存在を無視することはできない。一人のキャラクターの日常を「育てる」のではなく「見守る」という、より受動的で哲学的なアプローチは、後の多くのインディーゲームやアートゲームにも受け継がれている。現代から見れば、グラフィックもシステムもシンプル極まりない。だが、ゲームとは何か、プレイヤーとキャラクターの関係とは何かを根源から問いかける、極めて先駆的で重要な実験作であったのだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
78/100 72/100 65/100 70/100 95/100 76/100

オリジナル度の突出した高さが、このスコアからはっきりと伝わってくる。町を育て、住民と交流し、物語を紡ぐという、当時としては異色のコンセプトが評価されたのだ。反面、操作性の点数は控えめだ。ゆったりとした時間の流れと、時に回りくどい移動が、アクションゲームのような即応性を求めるプレイヤーには物足りなく映ったのだろう。総合76点という数字は、このゲームの持つ「特別さ」と「遊びにくさ」が表裏一体であることを、見事に言い表している。

あの頃、僕らはただのリンゴを拾うことさえ冒険だった。アップルタウンが教えてくれたのは、ゲームの舞台は必ずしも剣と魔法の世界ではないということだ。日常の延長にある小さな発見と優しさが、数十年を経た今、インディーゲームという形で花開いている。画面の中のあの町は、確かにここにある。