『ボンバーキング』爆弾を置いて後ずさる、あの不思議な感覚の正体

タイトル ボンバーキング
発売日 1987年11月20日
発売元 ハドソン
当時の定価 5,500円
ジャンル アクション

あの頃、ボンバーマンが爆弾を置くたびに一歩後ずさる姿を見て、なぜか妙に納得したものだ。『ボンバーマン』のパッケージを開けて、中身を起動したら、なぜか主人公がロボットで、ライフが刻一刻と減っていく。これが『ボンバーマン』なのか? と一瞬戸惑ったあの感覚を、覚えているだろうか。そう、『ボンバーキング』、海外では『ROBO WARRIOR』と呼ばれた、あの異色作だ。ボンバーマンという名前を使いながら、その中身は全く別物。ライフ制で、爆弾は数が限られ、置くと自動で後退する。まるで、『ボンバーマン』の皮を被った、どこか焦燥感を煽るSFアクションだった。

爆弾を置くと勝手に後ずさりする理由

そう、あの爆弾を置くと自動的に後ずさりする、あの独特の感覚だ。当時は「なんで勝手に動くんだよ!」とイラついたものだが、これこそが『ボンバーキング』が生まれた背景を物語っている。実はこのゲーム、ハドソンが『ボンバーマン』のシステムを、当時隆盛を極めていた「マルチ方向スクロール型アクション」に移植するという、ある種の実験的挑戦から生まれたのだ。『ゼルダの伝説』や『メトロイド』の成功が業界に与えた影響は大きく、単純な迷路爆破ゲームを、探索要素とライフ制を組み合わせた冒険譚へと昇華させようとした。だからこそ、主人公はビームを撃ち、斜めに移動し、時間と共にライフが減るという、『ボンバーマン』とは一線を画した仕様になった。爆弾の自動後退は、この新しい操作体系の中で「置いた瞬間に攻撃範囲から逃げる」という安全策として組み込まれた、開発者の苦肉の知恵だったと言える。結果として生まれたのは、ボンバーマンのDNAを受け継ぎながら、全く別のゲーム性を追求した、ハイブリッドな一作だったのだ。

立ち止まることで生まれる戦略の間

そういえば、あのゲーム、爆弾を置くと勝手に後ろに下がるんだったよな。初めてプレイした時、その挙動に戸惑ったファンは少なくないはずだ。『ボンバーキング』の面白さは、この「爆弾を置くと自動後退」という一見不便な制約にこそ宿っている。ボンバーマンの感覚で走りながらポンポン爆弾を置けば、ほぼ確実に自爆する。プレイヤーは否応なく立ち止まり、周囲の安全を確認し、退路を確保してから、逃げたい方向に背を向けて慎重に爆弾を設置することを強いられる。この「一呼吸置く」という強制された間が、単なる破壊作業を、緊張感のある戦略的行為へと昇華させたのだ。

爆弾の数が有限で、時間と共にライフが減っていくという制約も、創造性を刺激した。無闇に爆弾を使えず、ザコ敵を倒して補充する必要がある。画面右から常に現れる飛行タイプの敵を、いかに効率よくビームで撃ち落とし、貴重な爆弾を「稼ぐ」か。ブロックを破壊する順番、敵を引き寄せる位置取り、すべてがリソース管理の一部となった。斜め移動が可能になったことで生まれた新たな死角と、爆風が8方向に広がる特性を組み合わせ、狭い通路で敵をまとめて葬る快感は格別だった。あの制約だらけのシステムが、逆に一つ一つの行動に深い意味と手応えを与えていたのである。

リソース管理という新たな緊張感の源流

そういえば、あの爆弾を置くと自動的に後ろに下がる、あの独特の操作感を覚えているだろうか。『ボンバーキング』は、『ボンバーマン』のキャラクターと爆弾を使うという基本アイデアを借りながら、全く異なるゲーム体験を生み出した。そのライフ制、時間経過によるライフ減少、そして爆弾の有限性は、当時のプレイヤーに「資源管理」という新たな緊張感を植え付けた。この「アクション+リソース管理」というハイブリッドな構造は、後の『メトロイド』や『洞窟物語』といった、探索と消耗を伴うアクションゲームの先駆けと言える。爆風が斜め方向にも及ぶ円形のシステムは、単純な十字型爆発よりも戦略的な破壊を可能にし、後のゲームにおける爆発エフェクトや範囲攻撃の表現に少なからぬ影響を与えた。つまり、『ボンバーキング』は、単なる『ボンバーマン』の派生ではなく、アクションゲームに「管理」と「戦略的破壊」という要素を融合させた、ひとつの実験的な転換点だったのだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
75/100 78/100 68/100 85/100 92/100 80/100

あの頃、ボタンを連打するたびに飛び出す爆弾の音は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような騒がしさだった。キャラクターと音楽がまずまずの評価を得る一方で、操作性の点数は今見ると納得できる。方向キーと爆弾設置が同じ十字キーに割り当てられていたため、慌てると意図せず爆弾を置いてしまうことがあったのだ。しかし、その少しもたつく操作さえも含めた「ハマり度」と「オリジナル度」の高さが、このゲームの真骨頂である。迷路を自分で壊しながら進むという発想そのものが、当時の子供たちを熱中させたに違いない。

あの頃、ただ爆弾を投げていた僕らは知らなかった。そのシンプルな破壊が、後の対戦アクションのDNAとなり、友達と笑い叫んだ時間そのものが、ゲームの核になることを。ボンバーキングは単なる一作ではなく、遊び心が生んだ一つの「型」だったのだ。