| タイトル | がんばれゴエモン2 |
|---|---|
| 発売日 | 1989年1月6日 |
| 発売元 | コナミ |
| 当時の定価 | 6,500円 |
| ジャンル | アクション |
そういえば、あの頃、友達の家で必ず揉めていたことがあった。2Pのコントローラーを握る権利を巡る争いだ。『がんばれゴエモン2』は、ついにその争いを無くしてくれた。画面を縦横無尽に駆け回るゴエモンとエビス丸。二人同時プレイが可能になった瞬間、ファミコンのリビングは協力と、時に「邪魔するな!」という罵声が飛び交う新たな戦場と化した。あの賑やかさは、まさに義賊たちの騒ぎそのものだった。
コナミの横スクロール技術が生んだ和風二人同時プレイ
そう、あの頃のゲームセンターは、まだ「コナミ」のロゴを見ると胸が高鳴った。『グラディウス』や『ツインビー』で磨かれた横スクロールの技術が、和風の世界にどう融合するのか。前作でその可能性を見せつけた開発チームは、次に一つの大きな賭けに出た。二人で同時に遊べるファミコンゲームを作るという、当時としてはまさに冒険だったのだ。
その挑戦の裏には、ファミコンが家庭の中心に据えられ、兄弟や友達と一緒に遊ぶ光景が当たり前になりつつあった時代の空気がある。しかし、技術的には単純なことではなかった。メモリも処理能力も限られたファミコンで、二人のキャラクターを独立して動かし、かつ互いに干渉し合うシステムを実装する。ゴエモンとエビス丸が同じ画面を駆け回り、時には小判を奪い合い、時には協力して敵を倒す。この「共有と競争」の妙こそ、開発陣が最もこだわった部分だった。武器のレベルや移動速度が二人で共有されるという仕様は、単なる協力プレイを超えた、独特の駆け引きを生み出した。一人が油断すれば二人ともパワーダウンする。この緊張感が、友達と遊ぶ時の笑いと怒号を倍増させたのだ。
そしてもう一つの大きな進化が、縦スクロールマップの導入である。これは単なるステージのバリエーション増加ではない。プレイヤーの視点を「横移動の義賊」から「城全体を探索する冒険者」へと昇華させる、意識の転換だった。特に3D迷路と表現された俯瞰ステージは、当時の子供たちに「上から見下ろす」という全く新しい空間認識を強烈に印象付けた。迷子になった時の救済措置として「やじるしくん」や「これぞうくん」が用意されたのも、この新たな試みに対する開発側の気遣いと言えるだろう。前作の反省を活かし、ステージ数を絞りながらも一つ一つの密度を高めるという選択は、この作品を「やり込み型」の傑作へと変えた。
発売日が「昭和64年」という、極めて特異な年であることも見逃せない。時代の節目にリリースされたこの作品は、コナミがファミコンで可能なことの限界に挑み、そして「遊びの本質」である共同作業の楽しさを見事に形にした一作となった。後の『スーパーマリオブラザーズ3』や『忍者龍剣伝』など、二人同時プレイや縦横無尽なステージ構成が花開く土壌を、この和風冒険譚が先んじて耕していたのである。
パワーアップ共有が生む緊張と連帯の「釜茹で」
そういえば、あの「釜茹で」のイベント、初めて見たときは本当に焦ったものだ。ゲームオーバー画面が突然切り替わり、巨大な釜の中でゆで上がろうとするゴエモンたち。Bボタンを狂ったように連打したあの手の感覚は、今でも忘れられない。このゲームの面白さの核心は、まさにここにある。制限が厳しいからこそ生まれる、プレイヤー同士の緊密な連携と、それを乗り越えた時の高揚感だ。
2人同時プレイが可能になった本作では、パワーアップが二人で共有されるという、ある種の危ういシステムが採用された。片方がダメージを受けてミスすれば、もう片方もせっかくのわらじや武器レベルを失う。これは単なるハンデではなく、二人が常に相手の動きを意識し、互いをカバーし合うことを強いる絶妙なゲームデザインだった。一人で遊ぶよりも、友達と肩を並べてコントローラーを握っている時の方が、このゲームの真価は発揮された。縦横無尽に広がるステージを、招き猫やおたふくを奪い合いながら、時に小競り合いをしつつも協力して進む。その一体感は、当時のファミコンゲームの中でも稀な体験だった。
ステージ数が前作より大幅に削減された代わりに、各ステージの密度とバリエーションは飛躍的に高められた。横スクロールだけでなく、縦スクロールや3D迷路が登場し、探索の幅が広がる。地蔵を叩くと強制的に送り込まれる地獄ステージのような、挑戦とリスクが隣り合わせの仕掛けも随所に散りばめられている。制約があるからこそ、その中でいかに効率よく、あるいは大胆に行動するかという創造性が刺激される。残り時間でボーナスが変動するシステムも、単に急ぐだけでなく、どこでアイテムを探し、どこで小判を稼ぐかという戦略的な判断を生み出した。『がんばれゴエモン2』は、プレイヤーに「共に戦う緊張感」と「ステージを読み解く楽しみ」を同時に与える、稀有な協力プレイアクションの傑作なのである。
3D迷路が『ゼルダ』や『ポケモン』に与えた影響
あの独特の3D迷路で右往左往した記憶は、今でも鮮明に残っている。『がんばれゴエモン2』のあの迷路は、単なるギミックを超えて、後のゲームデザインに静かなる革命をもたらしたと言えるだろう。このゲームがなければ、『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』のダンジョンや、『ポケモン』シリーズの洞窟における視覚的ヒントの与え方は、あれほど洗練されたものにはならなかったかもしれない。2人同時プレイにおける「パワーアップの共有」というシステムは、協力と緊張を同時に生み出し、これは後の『双截龍』や、さらには現代の協力型アクションゲームにおけるリスク共有の概念の先駆けであった。縦横無尽に変化するステージ構成と、キャラクターごとに異なる武器の進化系統は、一本道の横スクロールアクションという当時の常識を打ち破り、多様なゲームプレイを保証する「選択肢」という概念を、アクションゲームに強烈に植え付けた作品なのである。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 92/100 | 85/100 | 78/100 | 90/100 | 95/100 | 88/100 |
あの頃、ゲーム雑誌の採点欄を真っ先に探したものだ。ゴエモン2のスコアを見れば、オリジナル度の突出した高さが目を引く。これは単なる時代劇パロディを超え、ファンタジーとギャグ、そして江戸の町並みを縦横に駆け回る自由度が、当時の横スクロールアクションの常識を軽やかに飛び越えていた証だろう。操作性の点数がやや控えめなのは、独特の重量感あるジャンプや、べらぼうな長さを誇る鎖鎌の扱いに、少し慣れが必要だったからに違いない。しかし、キャラクタとハマり度の高得点が物語るのは、一度その世界に足を踏み入れれば、愛嬌ある敵や仕掛けの数々にすっかり魅了されてしまった、我々の実際の体験そのものなのである。
あの頃、我々は知らなかった。道中で拾った小銭が、やがてカラクリ屋敷の壮大なギミックへと変わることを。ゴエモン達の旅路は、単なる横スクロールアクションの枠を超え、ゲームの中に「遊び心」という財宝を隠した最初の地図だったのだ。今、オープンワールドに散らばる無数の収集要素の源流を辿れば、きっとあの琵琶湖のほとりに辿り着くに違いない。
