『悪魔城すぺしゃる ぼくドラキュラくん』恐怖の城が笑いの舞台に、ドラキュラ坊やの大冒険

タイトル 悪魔城すぺしゃる ぼくドラキュラくん
発売日 1990年10月19日
発売元 コナミ
当時の定価 6,500円
ジャンル アクション

そうそう、あのゲームだ。『悪魔城』のパッケージを開けたら、中から出てきたのはシリーズの重厚なホラーではなく、目がくりくりした可愛らしいドラキュラの息子だった。あの衝撃は忘れられない。真っ暗な部屋で一人、血の涙を流す吸血鬼を倒すはずが、今度はその息子が「ぼくドラキュラくん」と名乗り、陽気なBGMに乗せてジャンプしまくっている。あのギャップこそが、このゲームの最大の魅力だった。城を飛び出し、空や海、果てはニューヨークや宇宙まで旅するその冒険は、シリーズの常識を軽々と飛び越えていた。

コナミの「何でもあり」が生んだドラキュラくん

そう、あの頃のコナミは、何でもありだった。『悪魔城ドラキュラ』の重厚でゴシックな世界観が確立されつつある中で、その真逆をいくコミカルな外伝を生み出したのだ。『悪魔城すぺしゃる ぼくドラキュラくん』が生まれた背景には、当時のコナミが持つ「ブランドを横展開する」という明確な戦略があった。『がんばれゴエモン』シリーズが『悪魔城ドラキュラ』のシステムを流用して生まれたように、今度はその逆、悪魔城の世界観を別のジャンルに落とし込むという逆転の発想だ。開発チームには「本編とは一切関係なく、自由に作っていい」というお触れが出ていたという話もある。その結果、本編の主人公であるベルモンド一族を差し置いて、宿敵ドラキュラの息子を主人公に据えるという、当時としてはかなりぶっ飛んだ設定が生まれた。これは単なるパロディではなく、シリーズの世界観そのものを拡張し、多様な層にアピールするための布石だったのだ。当時のゲーム業界は、ヒット作の世界観をいかに活用するかが重要な課題となっており、この作品はその先駆け的な存在と言えるだろう。

ため撃ち妖気弾が変えたアクションの常識

そういえば、あのゲームではドラキュラ伯爵の息子が宇宙まで飛んでいったんだよな。『悪魔城すぺしゃる ぼくドラキュラくん』の面白さは、まさにこの「なんでもあり」の世界観と、それを支える「ため撃ち妖気弾」という一つのシステムに凝縮されている。十字キーと二つのボタンしかないファミコンのコントローラーで、あれだけ多彩なアクションを実現した手腕は今でも鮮烈だ。

このゲームの核心は、「制約が創造性を生んだ」という一点に尽きる。主人公が放つ「ため撃ち妖気弾」は、単なる遠距離攻撃ではない。ステージを進むごとにその姿を変え、ホーミング弾となり、爆裂弾となり、さらにはコウモリへの変身や天井歩きといった「移動手段そのもの」へと進化していく。開発チームは、新しいステージごとに新しい妖気弾をプレイヤーに与えることで、ゲームのルールそのものを更新し続けた。ニューヨークの地下鉄の上を走るためにはコウモリが必要だし、氷の洞窟の天井を進むためには逆さま歩きが不可欠だ。武器がそのままパズルの鍵となるこの設計は、当時のアクションゲームにおいては極めて革新的だった。

プレイヤーは常に「今、自分が持っている力で何ができるのか」を考えながらステージと対峙することになる。最初はただジャンプして妖気弾を撃つだけだった操作が、中盤にはコウモリに変身して空中を旋回し、ため撃ちで敵を凍らせ、その上を歩くという複合技へと発展する。一つのコマンドからこれだけのバリエーションを引き出したゲームデザインは、限られたハードウェアの中で生まれた、まさに天才の閃きと言えるだろう。

メトロイドヴァニアに繋がるコウモリの血脈

あの「ため撃ち妖気弾」でコウモリに変身し、天井を歩き回るシステムは、後の「メトロイドヴァニア」というジャンルに、確かな血脈を残していると言えるだろう。本作は、単なるコミカルな外伝ではなく、一つのステージ内で「特定の能力を取得し、それを使うことで新たなエリアへ進行可能になる」という構造を、ファミコン時代に明確に提示した先駆的作品だった。この「能力取得による探索範囲の拡張」という概念は、『悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲』における「変身能力」や「特殊武器による地形破壊」の礎となっただけでなく、『ロックマン』シリーズの「特殊武器による攻略」とは異なる、「探索」そのものをゲームプレイの核に据える思想の源流の一つである。ステージクリアごとに能力が増え、それを駆使して世界を探検するというその骨格は、まさに「メトロイドヴァニア」の原型と呼ぶにふさわしい。当時は「ドラキュラくんの面白い能力」でしかなかったそのシステムが、後の一大ジャンルを生み出す萌芽であったことに、改めて驚かされるというわけだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
92/100 85/100 78/100 82/100 95/100 86/100

そういえば、あのドラキュラが妙に可愛らしい姿で悪役を張っていたゲームがあった。城の主であるはずの彼が、今度は自らの城に乗り込む側に回るという、なんとも捻くれた設定から始まる冒険だ。

キャラクタ92点、オリジナル度95点という突出した高評価が物語るのは、その破天荒なコンセプトが完全に受け入れられた事実である。吸血鬼でありながらニンニクが弱点という定番をあえて無視し、むしろトマトジュースで体力を回復するなど、パロディ精神に満ちていた。操作性78点は、確かに主人公の動きに少し独特な「クセ」を感じたプレイヤーも多かっただろう。しかし、その少しもたつく感じが、かえってドラキュラ伯爵の「坊や」らしい不器用さを演出し、愛嬌に変わっていた部分もある。

音楽85点、ハマり度82点。明るくコミカルなBGMは、ホラーではなくファンタジーとしての世界観を一貫して支え、一度そのテンポに乗れば、最後まで不思議と手放せないリズムが生まれていた。総合86点という数字は、単なるアクションゲームの出来栄えではなく、既存のイメージを大胆に翻弄した「作品の強さ」そのものを示していたと言える。

あの頃、ドラキュラが悪役ではなかったあの感覚は、ゲームの可能性を無邪気に広げてくれた。今や「悪役が主役」は珍しくないが、その先駆けとして、ぼくドラキュラくんはユーモアと逆転の発想を我々の記憶に優しく刻み続けている。