『ロボコップ3』ジェットパックの約束と、ファミコンが背負った重すぎる使命

タイトル ロボコップ3
発売日 1992年3月27日
発売元 データイースト
当時の定価 6,800円
ジャンル アクション

あの、ロボコップが空を飛ぶ。たったそれだけの情報が、当時のゲーム雑誌の小さなコラムに載っていただけで、俺たちは確信した。今度のロボコップは、きっとすごいゲームに違いない。映画館で見たあの、ジェットパックを背負ってオートモと空中戦を繰り広げるシーンが、そのままファミコンで遊べるんだ。そう思って手にしたカセットから待ち受けていたのは、意外にも、映画のストーリーを丹念に追う、重厚な横スクロールアクションだった。

ピーター・ウェラー降板とPG-13指定のジレンマ

そうそう、あの映画館で見て「えっ?」となった『ロボコップ3』だ。ゲーム機の前で、あの青い箱を手にしたとき、僕らは知らなかった。このゲームが生まれるまでに、映画そのものがとんでもない苦境に立たされていたことを。

1993年、ファミコンはまだ現役だった。だが、映画『ロボコップ3』は、主演ピーター・ウェラーの降板、監督の交代、そして何より前二作とは異なるPG-13指定という「大人びた暴力の抑制」というジレンマに直面していた。その映画を題材にしたゲーム開発は、まさにその矛盾の上に立っていたわけだ。映画が「子供向け」に舵を切りつつも、ゲームはファミコンというハードで、いかに「ロボコップらしい」破壊と正義を表現するか。開発チームに課せられたのは、映画のストーリーをなぞりながら、ファミコンの限界を超える「爽快な破壊」を創り出すという、ほぼ不可能に近い挑戦だった。

その結果生まれたのが、あの独特な「ジェットパック」装備と「ロケットランチャー」である。映画ではクライマックスでしか登場しないこれらの装備を、ゲームでは序盤から駆使できるようにした。これは単なるゲームバランスの調整ではない。映画が表現できなかった「空を飛び、轟音と共に敵を吹き飛ばす」というロボコップの完全体を、ゲームという媒体で先取りして提示するという、ある種の逆転の発想だった。当時のゲーム業界では、映画の出来に左右されず、ゲーム独自の面白さを追求する「ゲーム化の独立」が少しずつ始まっていた。『ロボコップ3』は、その過渡期における、一つの実験的な回答だったと言えるだろう。

動きの鈍さが生んだ戦略的破壊

そうだ、あのゲームがあった。映画『ロボコップ3』の出来にがっかりした後、ファミコンで遊んだあの横スクロールアクションだ。映画はともかく、ゲームはなぜか手が離せなかった。あの重厚な足音と、弾切れを気にしながら慎重に進む緊張感。実はあのゲームデザインの核心は、「制限」そのものにあったのだ。

ロボコップは、決して俊敏ではない。ジャンプもできない。プレイヤーは、この「動きの鈍さ」という制約と常に向き合わされる。だからこそ、画面端から次々と現れる敵を、限られた弾数で確実に仕留める必要がある。無駄撃ちは命取りだ。あのコントローラーの十字キーを、慎重に、しかし確実に押し込んだ感触を覚えているだろう。まるで本当に重いアーマーを着込んでいるかのような、独特の操作感覚。これが、単なる「動きが遅いキャラ」を超えた没入感を生み出していた。

この「動限」が、逆に「戦略性」という創造性を生んだ。どこで立ち止まり、どの敵を優先して撃つか。貴重な回復アイテムをいつ使うか。画面全体を把握する「先読み」の能力が求められた。映画で描かれた、プログラムされた忠誠心と人間性の狭間で苦悩するロボコップの内面を、ゲームは「プレイヤー自身の判断と選択」という形で体感させていたのだ。動きの自由を奪うことで、逆に思考の自由と緊張感をプレイヤーに与える。これが、このゲームが「面白い」と感じられた根本の理由だろう。

トップビューが拓いたTPSへの道

そうそう、あのロボコップが空を飛んだんだよ。劇場で見たあのシーンは、確かに子供心に「えっ?」と思わせるものだったが、ゲームの世界ではこの『ロボコップ3』が、後に「TPS」と呼ばれるジャンルの礎を、しかも日本で築いたという事実はあまり知られていない。1993年に発売されたファミコン版『ロボコップ3』は、横スクロールアクションの定番を打ち破り、画面上部から見下ろす「トップビュー」で敵を撃つという、当時としては画期的なスタイルを採用していた。この視点と操作感覚は、後の『バイオハザード』や『メタルギアソリッド』といったサードパーソン・シューティングの先駆けと言える。特に、壁越しに敵を狙う「遮蔽物を利用した戦闘」の概念は、この作品で既に萌芽が見られた。ロボコップがオートモと対峙するシーンを再現した、閉鎖空間での緊張感ある撃ち合いは、単なる映画のゲーム化を超え、一つの新しい遊びの可能性を示していたのだ。確かにゲームとしての完成度には議論の余地があるが、その挑戦がなければ、あの『バイオハザード』のオーバーシュルダー視点は、もう少し違った形になっていたかもしれない。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
72/100 68/100 65/100 70/100 78/100 71/100

ロボコップのゲームで、なぜか一番記憶に残っているのはこの3作目だ。操作性65点というのは、ある意味正直な評価だろう。重い、鈍い、しかしそれがロボコップそのものだという妙な説得力があった。オリジナル度78点が示すのは、空を飛ぶジェットパックや、市街戦を再現したステージ構成の意外性だ。総合71点は、決して高くはないが、映画の延長として遊ぶには十分な魅力を備えていた。点数以上に、あの金属質のBGMと、無骨な動きが不思議と頭から離れない。

あの無骨な操作性と過酷な難易度は、今にして思えば「ロボコップ」という存在の本質を、遊び手に体感させようとしていたのかもしれない。現代のゲームが磨き上げた「気持ちよさ」の遥か前に、あの金属質の重たさは確かに存在していたのだ。