| タイトル | ゴジラ2 大怪獣暗躍作戦 |
|---|---|
| 発売日 | 1992年12月11日 |
| 発売元 | 東宝 |
| 当時の定価 | 6,800円 |
| ジャンル | シミュレーション |
あの巨大な足音は、テレビのスピーカーからだけではなかった。コントローラーの十字キーを握りしめ、迫り来る怪獣の影に思わず身を引いてしまったあの感覚を、覚えているだろうか。画面の中の東京は、いつだって火の海だった。
バンダイが怪獣王に託した「作戦」という挑戦
あの怪獣王の咆哮が、ファミコンのスピーカーから轟く日が来るとは、誰が想像しただろう。1988年、バンダイは『ゴジラ』のゲーム化に一つの決断を下す。前作『ゴジラ 怪獣大行進』が純粋なアクションゲームだったのに対し、続編では「作戦」という言葉が示すように、戦略性を大きく前面に押し出したのだ。これは単なる続編制作ではなく、当時、子供たちの間でじわりと人気を集め始めていたシミュレーションゲームの要素を、国民的怪獣というビッグIPに大胆に融合させようとする挑戦であった。プレイヤーは単にゴジラを操作するだけでなく、防衛軍の指揮官となり、世界各地に出現する怪獣たちにどう立ち向かうかを考えなければならない。怪獣映画の熱狂と、頭を使うゲームの面白さ。一見すると交わらない二つの要素を結びつけた、バンダイなりの野心作だったのである。
破壊こそが武器、都市が戦場となる逆転の発想
十字キーでゴジラを操作する感覚は、まるで巨大な怪獣の重みを直接伝えているようだった。画面をゆっくりと横切り、ビルをなぎ倒し、戦車を蹴散らす。その単純明快な破壊行為こそが、このゲームの最大の魅力である。プレイヤーは怪獣そのものになりきり、都市を破壊しながら迫りくる敵対怪獣を迎え撃つのだ。
面白さの核心は、与えられた「怪獣」という制約が生んだ創造性にある。通常のゲームであれば敵を倒し、障害物を避けることが目的となる。しかしこのゲームでは、障害物である都市そのものが、敵を倒すための武器になる。ビルを倒してその瓦礫で敵を攻撃し、発電所を破壊してエネルギーを奪う。破壊することが、即ち攻撃手段であり、回復手段でもあるという逆転の発想が、プレイに深みを与えている。
制限された画面内で、いかに効率的に破壊と戦闘を繰り返すか。その駆け引きが、単純な操作の中に戦略性を生み出していたのだ。
両手利きの操作が生んだRTSの萌芽
そういえば、あの独特の操作感を覚えているだろうか。十字キーでゴジラを、ABボタンでメーサー砲やジェットファイターを同時に動かす、あの「両手利き」とも言えるプレイスタイルは、当時としてはまさに異色だった。このゲームが提示した「一画面内で複数のユニットを直接操作する」というコンセプトは、後のリアルタイムストラテジーというジャンルの萌芽を感じさせるものだったと言える。特に、味方ユニットを直接指揮して戦場を構成していく感覚は、『ゴジラ2』がなければ、あるいは別の形で発展していたかもしれない。現代の視点で見れば、操作性やバランスに難はあるものの、一つの画面で怪獣と人類の兵器という異なるスケールの戦いを同時に再現しようとしたその発想力は、今なお色褪せない。これは単なる怪獣ゲームではなく、戦術シミュレーションの可能性を探った、意欲的な実験作であったのだ。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 78/100 | 72/100 | 68/100 | 75/100 | 85/100 | 76/100 |
オリジナル度の高さこそが、この作品の最大の武器だ。ゴジラを操作し、街を破壊しながら敵怪獣を倒していくという、プレイヤー目線の転換は鮮烈だった。キャラクタの点数がそれを支えている。一方で、操作性の数字が物語るのは、巨体ゆえの鈍重な動きだ。確かに方向転換には慣れが必要だった。だが、その重厚な操作感こそが怪獣王のリアリティであり、没入感を生み出していたのだ。音楽もまた、B級怪獣映画のような独特の雰囲気を醸し出し、世界観を確固たるものにしていた。
あの巨大な影がファミコンの画面を埋め尽くす感覚は、今でも忘れられない。怪獣たちの一挙手一投足が街を破壊する、あの単純明快な破壊の快感は、後の「破壊が楽しみ」となるゲームたちの、確かな先駆けだったのだ。
