『スーパーブラックオニキス』3Dダンジョンが照らした、RPGという名の虚ろ

タイトル スーパーブラックオニキス
発売日 1988年12月23日
発売元 BPS
当時の定価 2,980円
ジャンル RPG

そういえば、あのゲームの名前を聞くと、なぜかパソコンショップの薄暗い一角を思い出す。8ビットPCのモニターに映るのは、初めて見る3Dダンジョンの迷路。方向キーを押すたびに、壁がガクガクと動いて視点が変わる。これがRPGなのか? 当時の僕らには、その概念すら曖昧だった。『ザ・ブラックオニキス』は、多くの者にとって「ロールプレイングゲーム」という言葉の、最初の具体的な形だったのだ。

内路交差点から生まれた「ウツロ」の街

あの、街の名前が「ウツロ」だった理由を初めて知った時、思わず膝を打ったものだ。日本語の「虚ろ」から来ているとばかり思っていた。実際は、開発元のBPSがあった横浜市菊名の交差点「内路(うつろ)」に由来していた。ゲームの世界観と、現実の開発現場の地図が、こんなところで繋がっていたのだ。

『ザ・ブラックオニキス』が生まれた背景には、当時まだ「何でもあり」だったパソコンゲーム黎明期の熱気があった。光栄(現コーエーテクモゲームス)から発売される予定だったこの作品は、社長の勧めで新たに設立されたBPSという会社の看板タイトルとして世に出ることになる。この決断が、後の『ダンジョン』など、日本製RPGの流れを作る一因となったことは間違いない。

当時、RPGというジャンルは日本ではまだ一般的ではなかった。だからこそ開発陣は、プレイヤーが直感的に理解できる仕組みを徹底した。ライフや経験値を横長のバーで表示し、戦闘は武器による物理攻撃のみに絞る。魔法を排除したその選択は、システムの複雑さを恐れるよりも、まずは「冒険する感覚」そのものを伝えたいという思いからだったのだろう。

そして何より忘れられないのは、あの「アンケート葉書」だ。ゲーム内で目的の宝石「ブラックオニキス」を発見すると表示されるメッセージを記入して送ると、先着で本物の黒メノウが贈られるというサービス。開発者のヘンク・ロジャースの父親が宝石商だったというエピソードが、こうしてゲームと現実を結ぶユニークな企画を生み出した。宝石を発見する前に葉書を送ってしまい、もらい損ねたプレイヤーもいたという話は、今聞いても胸が痛む。

魔法なき世界の戦略、5人パーティの緊張感

そう、あの暗闇の中を、ただひたすらに歩き続ける感覚だ。モニターに映るのは、線で描かれただけの壁と床。方向感覚を失いそうになりながら、十字キーで一歩、また一歩と進む。その先に何が待っているのか、全く予測がつかない。これが、我々が初めて出会った「ダンジョン」の姿だった。

魔法のない世界で生まれた戦略
このゲームの面白さの核心は、徹底的な「制約」にある。当時、RPGといえば魔法が当たり前だと思っていたかもしれない。しかし『ザ・ブラックオニキス』には、魔法という便利な攻撃手段が一切存在しない。戦闘は武器による物理攻撃のみ。このシンプルな制約が、プレイヤーに深い戦略性を要求したのだ。装備の選択、パーティの編成、遭遇した敵との距離感。全てが生死を分けた。回復手段も限られ、街の外科医で治療を受けるか、高価な薬を調達するしかない。無駄な戦闘を避け、資源を管理する緊張感。それが、単純なグラフィックの向こう側に、圧倒的な没入感を生み出していた。

バーが語るキャラクターの鼓動
そして、あの視覚化された「バー」の存在は革命的だった。生命力や経験値が、横長の棒グラフで表示される。減少するライフのバーを見つめながら、次の一歩を踏み出すか、撤退を決断するか。数字の羅列ではなく、直感的に状況が把握できるこのインターフェースは、プレイヤーをゲームの世界にぐいっと引き込んだ。キャラクターの「状態」が、色のついた線の長さに凝縮されている。仲間にするか、別れるか、時には脅すか。他のパーティとの会話選択も、この世界の不確実性と人間味を濃厚に感じさせる仕掛けだった。

確かにグラフィックは簡素だ。しかし、その制約こそが、プレイヤーの想像力を最大限に掻き立てた。線で描かれた迷路の向こうに広がる世界を、自分自身で補完してしまう。魔法という華やかなシステムがなかったからこそ、武器の一撃一撃の重み、仲間のライフバーを気遣う絆、そして未知への探検の本質が、くっきりと浮かび上がってくる。これが、日本におけるコンピュータRPGの原点が持つ、枯淡にして力強いゲームデザインなのである。

3Dダンジョンとゲージ表示という遺産

そう、あの画面の奥へと続く、初めての3Dダンジョンだ。PC-8801のモニターに広がるのは、壁の質感すら感じさせる立体的な迷宮。『ザ・ブラックオニキス』がなければ、日本のRPGはあの「冒険の実感」を手に入れるのに、もう少し時間がかかっていたかもしれない。このゲームの最大の遺産は、視覚的な直感性にある。敵の強さも、自分の体力も、全てが横長のバーで表現された。数字の羅列ではなく、目で見てわかる「ゲージ」という概念。これは後のあらゆるRPG、いや、あらゆるゲームに受け継がれた、最も根本的なインターフェースの革新だった。戦闘は武器攻撃のみとシンプルだが、その分、パーティ編成や「Join us」という仲間システムに重点が置かれた。5人パーティで地下を探索するという基本構造は、後の名だたるコンピュータRPGの礎となった。そして何より、街「ウツロ」とダンジョンが共に3Dで描かれた世界は、プレイヤーを没入させる初めての「箱庭」だった。『ダンジョン』など、光栄の初期RPG群がこのシステムを直接引き継いだことはよく知られている。『ブラックオニキス』が切り開いた道は、単にジャンルの先駆けというだけでなく、ゲームが「世界」をどう見せ、どう感じさせるかという、その根本的な問いへの、日本における最初の本格的な回答だったのである。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
65/100 70/100 68/100 75/100 92/100 74/100

オリジナル度の突出した高さが、この採点の全てを物語っている。他に類を見ないシステム、異質な世界観、これらは確かに高い評価を得た。しかし、キャラクタや操作性といった「ゲームらしさ」の部分では、やや物足りなさを感じさせたのだろう。遊び込めば込むほどに深みが出る仕組みはハマり度に反映され、総合点はまさにその両義性を象徴する数字となった。遊び手を選ぶ、孤高の一本なのである。

あの頃、我々はただ巨大な敵を倒すために走り続けた。その単純な衝動が、後のゲームデザインに「ボスラッシュ」という一つの形を残したのだ。今、無数のボスが跋扈するゲームを遊ぶたび、あの漆黒の迷宮の奥に潜む、あの一撃必殺の緊張感がふと蘇る。