| タイトル | エグゼドエグゼス |
|---|---|
| 発売日 | 1986年1月5日 |
| 発売元 | カプコン |
| 当時の定価 | 4,900円 |
| ジャンル | シューティング |
そういえば、あのゲームセンターの片隅で、なぜかいつもハチの巣を攻撃しているようなシューティングゲームがあった。自機が青と緑の、いかにも軍用機という感じのデザインで、撃つ弾の飛距離が伸び縮みする。あの独特の手応え、覚えているだろうか。『エグゼドエグゼス』だ。正式名称に「超浮遊要塞」と付いているが、子供の目には巨大な昆虫の巣を壊しているようにしか見えなかった。あの青い自機「カーネル」号を操り、画面上を這い回る無数の敵を、射程を調節しながら撃ち落とす感覚は、他に類を見ないものだった。そして、いざという時に使う「クラッシュ」。星のマークが画面上をゆっくり横切るのを、必死で追いかけたあの時間。
カプコンが「縦シュー」に仕掛けた差別化の一手
そう、あの蜂の大群だ。画面を埋め尽くす昆虫型の敵に、クラッシュで一掃する爽快感。しかし、この『エグゼドエグゼス』が生まれた背景には、カプコンがシューティングゲームというジャンルで必死に「差別化」を図ろうとした苦闘があった。当時、アーケード市場は『ゼビウス』や『グラディウス』といった名作が台頭し、もはや単なる縦スクロールシューティングでは太刀打ちできない状況だった。そこで開発チームが着目したのが「射程」という概念だ。自機の弾に飛距離制限を設け、プレイヤーに敵との距離感を常に意識させる。これは画期的な仕掛けだった。さらに、パワーアップアイテム「Pow」が敵を全てフルーツに変えるという、ある種の「ご褒美システム」を組み込んだ。これは単なる難易度調整ではなく、プレイヤーに一時的な安息とスコア稼ぎの機会を与え、緊張と緩和のリズムを生み出そうとした試みである。家庭用ゲーム機への移植が待ち遠しかったあのゲームは、実はシューティングゲームの進化における、一つの実験的な挑戦の産物だったのだ。
クラッシュボタンの硬い感触と戦略的ジレンマ
そう、あの「クラッシュ」ボタンの感触だ。右手親指に伝わる、押し込むというより叩きつけるような硬い反発。佐吉を一つ消費して画面を一掃するあの瞬間、弾幕がスッと消え去る快感は、当時のシューティングゲームでは異色だった。『エグゼドエグゼス』の面白さの核心は、この「制限された無敵時間」の使いどころにこそある。無敵にならないクラッシュは、窮地を脱する最終手段でありながら、貴重な資源でもある。プレイヤーは常に「今使うか、もっとピンチのために温存するか」というジレンマを抱えながら戦うことになる。この緊張感が、単純な弾避けを超えた戦略的な面白さを生み出していたのだ。さらに、自機の移動速度が方向によって異なるという、一見不便な制約も、ゲームデザインの妙だった。横移動は速いが、下がりは鈍重。この特性を理解し、敵の動きや弾幕のパターンに自機の動きを「合わせる」ことで、かえって独特のリズムが生まれる。画一的でない操作性が、プレイヤー独自の「流儀」を育んだのである。パワーアップのシステムも単純ではない。射程だけが変わり、見た目とBGMで状態を把握する。時に取ってしまう「woP」によるパワーダウンは、アイテム取得への盲目的な安心感を打ち砕く。これらの一貫した「不完全さ」や「リスク」の埋め込みが、プレイヤーを単なる操作者から、状況を読み、資源を管理する「戦略家」へと昇華させた。全てが完璧に与えられるのではなく、与えられた不完全な道具でどう戦うか。その創造性を引き出すための、見事な制約の数々が、このゲームの核心なのである。
佐吉が生んだ救済システム「メガクラッシュ」の原型
そういえば、あの蜂の大群に初めて出会ったとき、誰もが思ったはずだ。「こんなに弾を撃ってくる敵を、どうやって全部倒せっていうんだ」と。『エグゼドエグゼス』の画面は、昆虫型の敵機とその弾幕で埋め尽くされていた。だが、このゲームは単なる弾幕シューティングではなかった。その核心には「クラッシュ」という、窮地を一発で打開する救済システムが潜んでいた。
クラッシュという転換点。手持ちの佐吉(★)を消費して画面上の敵弾を一掃するこのシステムは、後のカプコン作品における「メガクラッシュ」の直接的な原型である。当時はまだ自機無敵などの恩恵はなかったが、「もうダメだ」という局面でプレイヤーに選択肢を与えるという発想そのものが革命的だった。この「緊急回避手段」の概念がなければ、『1943』や『グラディウス』のボムのようなシステム、ひいては現代の弾幕系シューティングにおけるボムやスキルシステムの隆盛は、また違った形になっていたかもしれない。
さらに、パワーアップアイテム「Pow」で変化する射程という要素も見過ごせない。威力ではなく「弾が届く距離」を変えるというアイデアは、後のシューティングゲームにおける「集中ショット」と「拡散ショット」の使い分けや、戦略的な射程管理という概念の先駆けと言える。単に強くなるのではなく、戦い方を変えるパワーアップ。このゲームがなければ、シューティングゲームのアップグレードはもっと単調なものになっていただろう。
現代から振り返れば、『エグゼドエグゼス』はカプコンがシューティングゲームというジャンルに「戦略性」と「選択肢」という新たな層を加えようとした、実験的な挑戦の作品である。その挑戦の痕跡は、クラッシュにせよ射程管理にせよ、確実に後続作品へと受け継がれ、進化を遂げている。あの蜂の大群は、単なる難敵ではなく、ゲームデザインの可能性を広げる、最初の一刺しだったのだ。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 72/100 | 85/100 | 78/100 | 80/100 | 90/100 | 81/100 |
オリジナル度がひときわ高い。これは、あの独特の「ズレ」にある。自機の動きは素直ではなく、まるで氷の上を滑るような、あるいは重たい荷物を押しているような感覚だ。最初はもどかしいが、これがゲームのリズムそのものになる。キャラクタの点数がやや低いのは、派手なビジュアルではなく、この「操作感覚そのものがキャラクタ」であることを示している。音楽とハマり度の高さは、その異質なリズムに身体が同調した証だろう。慣れると、あの鈍重な動きが、唯一無二の疾走感に変わるのだ。
あの頃、ただの「変なゲーム」としか思えなかったこの作品は、実は我々の遊び方そのものを変える種を撒いていたのだ。今、無数のゲームが挑戦する「プレイヤーの創造性」への信頼は、あの混沌の箱庭にまで遡ることができる。
