『さんまの名探偵』テレビの向こうの大人の世界がファミコンに紛れ込んだ日

タイトル さんまの名探偵
発売日 1987年4月2日
発売元 ナムコ
当時の定価 4,900円
ジャンル アドベンチャー

そういえば、あのゲームセンターのミニゲーム、クリアしないと先に進めなかったよな。『さんまの名探偵』だ。画面の向こうで明石家さんまが喋り、吉本の芸人たちがわちゃわちゃと動き回る。あの世界は、ただのアドベンチャーゲームじゃなかった。テレビの向こう側の、あの「大人の世界」が、初めてファミコンの中に紛れ込んできた瞬間だった。女の子の部屋を調べて下着を見つけたり、露天風呂を覗いたりする「お色気」に、子供心にどきどきしたものだ。でも、あの「どつく」コマンドの存在が、全てを物語っている。普通の探偵じゃない、さんまという「キャラ」が主人公だからこそ許された、常識はずれの捜査手法。あのゲームは、単に有名タレントを起用しただけの作品ではなかった。アドベンチャーゲームというジャンルそのものに、笑いと破壊と、そしてある種の「生々しさ」をぶち込んだ、異色の金字塔なのである。

吉本芸人がファミコンに殴り込んだ日

そうそう、あの「どつく」コマンドだ。犯人の気配を感じた瞬間、さんまに「どつけ!」と指示を出したあの高揚感。当時、アドベンチャーゲームといえば、『ポートピア連続殺人事件』に代表されるようなシリアスな推理物が主流だった。そんな中、ナムコが放ったのは、吉本興業の芸人たちが総出演する、笑いと謎解きが入り混じった異色作だった。開発陣は、テレビでおなじみの芸人たちをゲームに登場させることで、それまでゲームに縁のなかった層までをもファミコンの前に引き込もうとしたのだ。これは単なるタレント起用ではなく、ゲームというメディアの可能性を広げる、当時としてはかなり野心的な挑戦だった。実際、さんまのアドリブを思わせる「さんま」コマンドや、ナムコの名作をパロディにしたミニゲームの数々は、ゲームを「遊び」として徹底的に楽しませるための仕掛けに他ならない。この作品が「アドベンチャーゲームに新風を吹き込んだ」と評された背景には、こうした業界の常識を覆す、娯楽性への徹底したこだわりがあったのだ。

「どつく」コマンドが生んだ新喜劇的推理

そういえば、あのゲーム、コマンドで「どつく」を選べたよな。実際に使うとさんまが「そんなん、あかんやろ!」とツッコミを入れる、あの無駄遣い感がたまらなかった。『さんまの名探偵』の面白さは、まさにこの「無駄な選択肢」が生み出す、遊び心と現実感覚の絶妙なブレンドにある。当時、アドベンチャーゲームといえば、正解のコマンドを探し当てる「コマンド総当り」が常識だった。しかしこのゲームは、無意味な行動を取ればさんまに叱られ、時にはミニゲームに飛ばされる。この制約が、逆に「この状況で、さんまならどうするか?」という、プレイヤー自身の推理と想像力を刺激したのだ。

開発チームは、実在の芸人たちのキャラクターを活かすため、画面上の選択肢を「正解か不正解か」だけでなく、「その芸人が取りそうなリアクションか」という軸で埋め尽くした。だから「たたく」や「のむ」といった一見荒唐無稽なコマンドも、吉本新喜劇的なノリで消化される。プレイヤーは探偵の助手というより、ツッコミ役としてゲーム世界に没入することになる。この「アドベンチャーゲームの形式を借りた吉本新喜劇」という発想の転換が、硬直しがちだった当時のジャンルに、笑いと驚きの新風を吹き込んだ核心である。

カーソルがカニに変わる「その他」の衝撃

そういえば、あの「どつく」コマンドを選んだ時の、さんまの「あかん、あかん!」という声が妙にリアルだったのを覚えているだろうか。『さんまの名探偵』は、単なるタレント起用ゲームの枠を軽々と飛び越えていた。当時、アドベンチャーゲームと言えば、『ポートピア連続殺人事件』に代表されるようなシリアスなものが主流だった。そこに、吉本の芸人たちがわちゃわちゃと登場し、道頓堀や有馬温泉を舞台にしたこのゲームは、まさに「新風」そのものだった。

このゲームがなければ、後の「脱出ゲーム」や「謎解きアドベンチャー」の隆盛は、もう少し違った形になっていたかもしれない。というのも、本作は「コマンド総当たり」を封じる仕掛けに徹底してこだわっていたからだ。「捜査」コマンドの中に「たたく」「おす」「あける」といった直感的な選択肢を用意し、さらには「かにかにどこかに?」とカーソルがカニに変わる「その他」コマンド。画面中の任意の場所を指定させるこのシステムは、プレイヤーに「考える」ことを強いた。単語を入力するわけではないが、物を「見る」だけではない、インタラクティブな操作感覚は、後のポイント&クリック型アドベンチャーの萌芽を感じさせる。

そして何より、ゲーム内に散りばめられた「ギャラクシガニ」をはじめとするミニゲームの数々。これらは単なる息抜きではなく、攻略のためのヒントや、場合によってはバッドエンドに直結するストーリーの一部だった。一つのゲームの中に複数のジャンルを内包し、それらを物語に織り込む手法は、後の『弟切草』や『かまいたちの夜』といったサウンドノベル、さらには『428 〜封鎖された渋谷で〜』のようなマルチ視点アドベンチャーにも通じる、インタラクティブ・ストーリーテリングの先駆けと言えるだろう。

現代から振り返れば、そのグラフィックやUIはもちろん古びている。しかし、実在の地名と芸人を使いながらも、ゲームならではの嘘と仕掛けで彩られた世界観、そして「考える楽しさ」をコマンド選択に落とし込んだその設計思想は、色あせることがない。あのカニのカーソルが教えてくれたのは、画面の中のどこをクリックするかではなく、ゲームというメディアそのものが、いかに自由で可笑しなものになり得るか、という可能性そのものだったのだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
92/100 78/100 85/100 88/100 95/100 88/100

そういえば、あのゲームボーイのカートリッジ、妙に厚かったことを覚えているだろうか。中にサンプリング音源チップが仕込まれていて、あの独特の「さんまの声」が流れてきた時の衝撃は忘れられない。キャラクター92点、オリジナル度95点という突出した高評価は、まさにこの一点に集約されている。声優ではなく本人の声をここまでふんだんに使ったゲームは、当時としても異色だった。操作性85点は、アドベンチャーゲームとしての標準的な出来を示しているが、音楽78点は、やはり音声サンプリングにリソースを割いた代償だろう。しかし、ハマり度88点が物語るのは、その「代償」が十分に報われたということだ。あの声が導く、茶目っ気たっぷりの謎解きの世界に、我々はすっかり引き込まれてしまったのである。

あの頃、タレントの顔を借りたゲームは数あれど、さんまのアドリブを再現しようとした挑戦は他にない。現代のノベルゲームがキャラクターの「声」にこだわる原点の一つは、ここにあるのかもしれない。画面の中のさんまが、いつもと少し違うセリフを言うかもしれないという期待感。それは単なるギミックを超えて、ゲームというメディアが持つ「一期一会」の可能性を、私たちに予感させていたものだった。