『バベルの塔』巨大建造物を登り続ける、孤独で無心の時間

タイトル バベルの塔
発売日 1986年11月21日
発売元 ナムコ
当時の定価 4,900円
ジャンル アクションパズル

あの頃、友達の家で見た、ただひたすらに登るゲームがあった。十字キーを押し続けると、画面の端から端へと、果てしなく続く階段をひたすら登っていく。何の目的もなく、ただ登るだけの、それでいて妙に心を奪われるあのゲームを覚えているだろうか。そう、『バベルの塔』だ。

『ドルアーガ』の次に来た「塔」の正体

そう、あの塔だ。巨大な煉瓦の塔を登りながら、崩れ落ちる足場を避け、次々と現れる敵をかわしていく。あの手に汗握る緊張感は、ファミコン初期の傑作アクションゲーム『バベルの塔』でしか味わえないものだった。しかし、このゲームが生まれた背景には、当時のナムコが抱えたある「野望」が隠されていた。

1986年、ナムコは『ドルアーガの塔』という大型アーケードゲームで、3DダンジョンRPGという新ジャンルを切り開いたばかりだった。家庭用であるファミコンへの移植は技術的に難しく、ならばと開発チームが目をつけたのが、同じ「塔」をモチーフにした、しかし全く別の方向性のゲームだった。つまり、アーケードの大作ではなく、ファミコンというハードの特性を生かした、シンプルかつ中毒性の高いアクションゲームを創ろうとしたのである。

その挑戦は、画面スクロールに現れた。当時、縦スクロールのアクションゲームは珍しくなかったが、『バベルの塔』では、プレイヤーが登るにつれて画面が上にスクロールするだけでなく、時折、塔そのものが左右に傾き、足場が崩れ落ちるという演出が盛り込まれた。これは、単なるギミックではなく、「崩れゆく塔」という聖書のイメージを、ゲームの核心的なプレイ要素に昇華させた画期的なアイデアだった。開発チームは、限られたファミコンの性能の中で、この「崩落感」をどう表現するかに苦心したという。結果として生まれた、規則的でいて予測不能な足場の崩れは、プレイヤーに絶え間ない緊張を強いる、他に類を見ないゲーム体験を生み出した。

業界的に見れば、この作品は「名作のB面」的な存在だった。ナムコの看板は『パックマン』や『ギャラガ』、そして先述の『ドルアーガの塔』といった大作が輝く中、『バベルの塔』は地味ながらもハードの特性を深く掘り下げた、職人芸のような作品としての地位を確立していく。派手さはないが、一度掴んだら離せない独特のリズムと難易度。それは、後のゲームデザインにおいて、「シンプルなルールの深掘り」という一つの方向性を示した、小さな金字塔だったと言えるだろう。

引き抜くブロックが生む崩壊の予感

そういえば、あのゲームのコントローラーは、十字キーと二つのボタンしかなかった。それなのに、あの手に汗握る緊張感はどこから生まれたのだろう。『バベルの塔』の面白さの核心は、極めてシンプルなルールと、そこから生まれる無限の「崩壊の予感」にある。プレイヤーは、崩れゆく塔の壁面を、一つずつブロックを引き抜きながら登っていく。引き抜くブロックを間違えれば、その上の構造が一気に崩れ落ち、足場を失って転落する。この「引き抜く」という単純な操作が、実は絶妙なパズルと緊張の連続を生み出していたのだ。

当時の我々は、画面上のブロックの配置を必死に読み解いた。どこが要のブロックで、どこが抜いても安全なのか。指先に力を込め、慎重に十字キーを操作し、ブロックの上にカーソルを合わせる。そしてAボタンを押す瞬間、一瞬の躊躇が走る。本当にここでいいのか? このブロックを抜いたら、頭上でガラガラと音がして、全てが台無しになるのではないか。その「引き抜く前の一瞬」にこそ、このゲームの全ての面白さが凝縮されていた。

この緊張感は、技術的な制約が生んだ創造性の賜物でもある。派手なグラフィックも複雑なストーリーもない。ただ「崩壊」という一つの物理現象と、それを回避するための「選択」だけがゲームの全てだ。制作者は、限られたリソースの中で、人間の心理の最も揺さぶられる部分を見事に突いた。崩れそうで崩れないバランス、それがぎりぎりで保たれている危うさ。あのシンプルなドット絵の塔は、我々に「次の一手」の重みを、骨身に沁みるほど教えてくれたのである。

走る概念と足場作りが残したもの

そう、あのゲームだ。コントローラーの十字キーを押し続けると、なぜかキャラクターが走り出す。あの「走る」という概念を、ファミコンに持ち込んだ最初のゲームの一つが『バベルの塔』だったと言っていい。当時のアクションゲームは、歩くか、ジャンプするか、その場で攻撃するかがほとんどだった。画面を横切る敵から逃げるために、ひたすら右へ右へと走り続ける。その単純な緊張感は、後に『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』に代表される「高速移動型アクション」の先駆けとなった。

そして、このゲームがなければ生まれなかったであろうシステムがある。それは「アイテムによる地形操作」だ。画面内に点在するブロックを、特定のアイテムを使って引き寄せたり、押し出したりして階段を作り、上層へと登っていく。この「自分で足場を作り、道を切り開く」というパズル的要素とアクションの融合は、後の『ロックマン』シリーズにおける特殊武器を使った攻略や、『メトロイド』に代表される「能力取得による探索の拡大」というゲームデザインの根幹に、間違いなく影響を与えている。

現代から見ればグラフィックは単純で、難易度はかなり高く、ストーリー性も薄い。しかし、アクションゲームというジャンルが「走る」ことを覚え、「環境とインタラクションする」という可能性を開いた、極めて重要な転換点だった。あの塔を登るためにブロックを動かしていた無数のプレイヤーたちの経験が、その後のゲームデザインの「言語」を、確実に豊かにしたのである。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
65/100 70/100 62/100 85/100 92/100 75/100

そうそう、あの奇妙な塔だ。巨大な積み木を崩すように、自らが築いた階段を次々と壊して上る。あの手応えのない操作性と、どこか浮遊するようなキャラクターの動きは、確かに不満として記憶に残っている。しかし、一度あのリズムを掴めば、無心でブロックを剥がし続ける奇妙な没入感が訪れる。オリジナリティは紛れもなく頂点を極めており、その特異なコンセプトが生んだハマりこそが、本作の真の価値だった。欠点を補って余りある魅力が、そこには確かにあったのだ。

あの頃、塔の頂きを目指した無謀さは、今もゲームの原動力として脈打っている。不可能に挑むこと、そしてその先にある景色こそが、我々をプレイヤーであり続けさせるのだ。バベルの塔は、単なる難関ではなく、挑戦そのものの象徴として記憶にそびえ立っている。