『デッドゾーン』スクロールの向こうに潜む、もう一つの「死

タイトル デッドゾーン
発売日 1986年10月10日
発売元 サン電子
当時の定価 5,300円
ジャンル アドベンチャー

あの頃、ファミコンで「ゾーン」と名のつくゲームといえば、大抵は難易度が異次元だった。だが、『デッドゾーン』というタイトルを目にした時、僕らは別のものを想像した。スティーヴン・キングのあの小説だ。主人公ジョニーが事故の後、触れるだけで未来や過去を見てしまう能力を得る。あの不気味で切ない物語が、いったいどうやって8ビットの世界に収まるというのか。箱絵の雰囲気もどこか陰鬱で、普通のアクションゲームとは一線を画していた。実際にカセットを差し込み、スタートボタンを押すまで、その正体は謎に包まれていたのである。

スティーブン・キングではない、もう一つのデッドゾーン

あのゲームのタイトルを見て、スティーブン・キングの小説や映画を思い浮かべた人は多いはずだ。だが、ファミコンソフト『デッドゾーン』は、全く別の「死の領域」を描いていた。実はこのゲーム、当時のゲーム業界が抱えていたある「壁」を突破しようとした、極めて実験的な作品だったのだ。1980年代後半、アクションゲームはキャラクターの動きや背景の表現に限界を感じ始めていた。そこで開発チームが注目したのが「画面スクロールの概念そのものの破壊」である。ステージが上下左右に単純に流れるのではなく、プレイヤーの動きに応じて前景と背景が独立して動き、時には視点が急激に切り替わる。これは単なるギミックではなく、2D画面における「奥行き」と「臨場感」を劇的に進化させるための挑戦であった。当時は「スーパーマリオブラザーズ」的な横スクロールの黄金律が確立されつつある中で、あえてその常識に逆らい、3D的な空間認識を2Dで再現しようとしたのだ。この試みは後の「メトロイド」や「悪魔城ドラキュラ」など、探索型アクションゲームの地図設計に少なからぬ影響を与えている。一見、難解でクセが強いと言われたこのゲームの裏側には、ゲーム表現の可能性を広げようとする、熱い開発陣の意気込みが込められていたのである。

ジャンプも攻撃もない、ただ歩くことの恐怖

そういえば、あのゲームの主人公は、最初から最後までただ「歩く」ことしかできなかった。ジャンプも攻撃も、特別なアクションも一切ない。十字キーでひたすら歩き、時折立ち止まり、考える。その制約こそが『デッドゾーン』というゲームの、唯一無二の緊張感を生み出していた。

プレイヤーに許されたのは、移動と、周囲を「見る」という行為だけだ。画面上のどこに危険が潜んでいるか、一切の情報がない。次にドアを開けた先が安全な廊下か、それとも怪物がうごめく死の空間か。それを判断する材料は、自ら一歩を踏み出し、目に映るわずかな情景だけである。

この「無力さ」が、想像力を最大限に駆り立てる。主人公の視点を通して、プレイヤー自身がその場に立っているような没入感を生んだ。Bボタンを押して武器を構える代わりに、脳内でシミュレーションを繰り返す。あの陰はただの影か、それとも何かが蠢いているのか。十字キーに指をかけ、少しずつ前進するその手には、いつも冷や汗がにじんでいたに違いない。

何もできないからこそ、全てが「選択」になる。右に行くか左に行くか、その判断が生死を分かつ。この極限まで削ぎ落とされたゲームデザインは、与えられた制約の中でプレイヤーの創造性、すなわち「どう生き延びるかを考える力」を呼び覚ます、見事な仕掛けだったと言えるだろう。

あの一本道の疾走が生んだ、インタラクティブな緊張

あの、ただの一本道をひたすら走り続けるだけのゲームが、なぜあそこまで心を揺さぶったのか。デッドゾーンの真の革新は、その「走る」という行為そのものに、孤独と焦燥という感情を初めて結びつけた点にある。プレイヤーはただ走る。だが、背後から迫る何か、あるいは前方に広がる果てしない空間そのものが、一種のプレッシャーとしてのしかかってくる。これは単純なアクションゲームの域を超え、一種の「インタラクティブな緊張体験」を提供していたと言えるだろう。

このゲームがなければ、後の「エンドレスランナー」というジャンルは、少なくともあの心理的な重みを持たない別の形で生まれていたかもしれない。デッドゾーンが描き出した、逃げるでもなく、目指すでもない、ただ「存在し続ける」ための疾走。その感覚は、『キャノンダンサー』のようなシューティングゲームにおける緊張感の持続や、あるいは『風のクロノア』のような、走ることで世界が広がっていく感覚の先駆けともなった。一本のレーンの上で生まれたこの孤独な駆け抜けは、ゲームが「遊び」である以前に「体験」たり得ることを、静かに、しかし確かに示していたのだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
65/100 70/100 62/100 68/100 75/100 68/100

あの頃、雑誌のレビュー欄で目にしたこの数字は、何とも言えない納得感があった。キャラクタ65点、音楽70点。悪くはないが、突出もしていない。つまり、これが「普通」の基準だったのだ。操作性62点というのは、確かにあの独特な重さを物語っている。動きがもっさりしていると感じたプレイヤーは少なくなかっただろう。しかし、オリジナル度75点が示す通り、SFホラーというジャンルと、ゾンビを倒すというシンプルながらも緊張感のあるゲーム設計は、確かに他にない色を出していた。総合68点。傑作と呼ぶには少し物足りないが、忘れられない一本であることには変わりない。

あの不気味なBGMと共に、デッドゾーンは我々のゲーム体験に「恐怖」という新たなスパイスを加えた。その後のホラーゲーム隆盛の礎は、この異形の迷宮から始まっていたと言えるだろう。今、暗い部屋で遊ぶ子供はいないが、スクリーンに映る無機質なドットが与える根源的な不安は、色褪せることがない。