| タイトル | ハイドライド・スペシャル |
|---|---|
| 発売日 | 1986年3月18日 |
| 発売元 | 東芝EMI |
| 当時の定価 | 5,500円 |
| ジャンル | アクションRPG |
そういえば、あの「ハイドライド・シンドローム」って言葉があったよな。パソコン雑誌のランキングに2年も居座り続けた、あの異様な人気を指す言葉だ。ファミコン版『ハイドライド・スペシャル』を手にした時、多くの子供たちは知らなかった。目の前のこのゲームが、実はアクションRPGというジャンルの礎を築いた、まさに「元祖」の一つであることを。十字キーで歩き回り、ボタンで剣を振る。その単純明快な操作の裏には、RPGを「面倒くさい」ものから解放しようとした、一人のプログラマーの強い意志が込められていたのだ。
内藤時浩と木屋善夫、二大スタープログラマーの時代
そう、あの「ハイドライド・シンドローム」だ。パソコン雑誌のランキングに2年間も居座り続けた、あの異様な熱狂を覚えているだろうか。この現象の中心にいたのが、わずか「構想三日、制作三ヶ月」で生み出された『ハイドライド』だった。開発者の内藤時浩は、当時のRPGの複雑さに辟易し、ゲームセンターで遊んだ『ドルアーガの塔』の爽快感と、書店で目にした妖精のイラストから得たインスピレーションを、勢いだけで形にしたという。彼が参考にしたのは、いわゆる名作RPGではなく、むしろアクション性の高い作品だったのだ。この「勢い」が、RPGの敷居を一気に引き下げ、「アクティブロールプレイングゲーム」という新たなカテゴリーをパソコンゲーム誌上に確立する原動力となった。内藤と、『ドラゴンスレイヤー』の木屋善夫は、まさにその時代を牽引した二大スタープログラマーであり、彼らの作品は、後に続く無数のアクションRPGの礎となったのである。
見えるけど取れない鍵、メモリ制約が生んだゲームデザイン
そういえば、あの画面の端にポツンと置かれた小さな鍵を、どうやって取るかで友達と頭を抱えたものだ。『ハイドライド』の面白さの核心は、まさにこの「見えるけど取れない」というもどかしさと、それを解きほぐす「気づき」の連続にあった。広大なフィールドは、一見どこへでも行ける自由を約束しながら、実は見えない柵で巧妙に区切られている。あの頃、コントローラーを握りしめ、草原を縦横無尽に走り回っていた我々は、無意識のうちにこのゲームデザインの妙味を味わっていたのだ。
その創造性は、厳しいメモリ制約から生まれた。キャラクターやマップのグラフィックデータを極限まで削ぎ落とし、代わりに「移動」と「接触」というシンプルなルールに全てを託した。敵にぶつかればダメージを受ける。特定のアイテムに触れればイベントが起こる。この単純明快なシステムが、逆にプレイヤーの想像力をかき立てる。画面に表示されない「ドア」や「崖」の概念を、プレイヤー自身が頭の中で補完し、世界を完成させていく過程こそがゲームプレイそのものだったのだ。
当時、RPGというと複雑なコマンド入力が当たり前だった。しかし『ハイドライド』は、方向キーと一個のボタンだけで冒険が完結する。この大胆な省略が、ゲームセンターのアクションゲームのような直感的な面白さをRPGに持ち込んだ。画面スクロールの制約を逆手に取った「行き止まりの先にある発見」や、鍵や壺といった小道具の配置の妙。限られたリソースの中で、いかにプレイヤーを「考えさせる」か。その設計思想は、後のアクションRPGの礎であり、あの頃、草原を駆け巡った感覚は、制約が生み出した最高の自由だったと言えるだろう。
レベルアップ全回復、ゼルダの伝説に継がれた思想
そう、あの「レベルアップすると体力が全回復する」システムだ。ハイドライド・スペシャルが定着させたこの仕様は、当時としては画期的な快挙だった。ダンジョンで消耗した体力を回復するために街に引き返す、という従来のRPGのリズムを根底から覆した。この「戦闘と回復の一体化」というアイデアは、後のアクションRPGの多くに引き継がれることになる。
具体的には、ゼルダの伝説のハートコンテナによる体力増加システムに、その思想を見て取ることができるだろう。ゼルダでは「回復」という概念が、戦闘中の一時的なものと、レベルアップに相当する永続的な強化とに分離されている。しかし、戦闘を続けることでキャラクターが強くなり、同時に継戦能力も回復するという根本的なゲームの流れは、ハイドライド・スペシャルが切り拓いた道筋そのものだ。
さらに言えば、フィールド上を自由に動き回り、敵とリアルタイムで戦うというアクションRPGの基本形は、この作品によって広く認知された。ドラゴンスレイヤーシリーズが迷宮探索型のスタイルを確立したのに対し、ハイドライド・スペシャルは「広い世界を冒険する」というもう一つの原風景を提示した。後のイースやソウルシリーズといった、世界を探索しながら成長していくタイプのARPGは、間違いなくこの系譜に連なっている。
現代から見ればグラフィックや操作性に古さを感じる部分は否めない。しかし、アクションとRPGの要素をこれほどまでにシンプルに、そして直感的に融合させた先駆性は、今でも色褪せていない。あの「ピピッ」というレベルアップの音と共に満タンになる体力ゲージは、無数のゲームデザイナーに「こういうやり方もある」という可能性を示した、紛れもない転換点だったのだ。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 65/100 | 70/100 | 62/100 | 85/100 | 95/100 | 75/100 |
そうそう、あの変な竜がいたんだよ。ハイドライドだ。ゲーム誌の採点を見れば、その個性は一目瞭然だ。オリジナル度が飛び抜けて高い。あの時代に、倒すと味方になる敵や、昼夜で姿を変えるフィールドは確かに衝撃だった。ハマり度も高い。理屈じゃない、あの世界をひたすら歩き回る感覚に、なぜか引き込まれたものだ。
一方で、操作性やキャラクタの点数は低く抑えられている。確かに、動きはもっさりしていたし、グラフィックは地味だった。だが、それすらもこのゲームの不気味な魅力の一部だったと言えるだろう。高いオリジナル度とハマり度が、操作性の物足りなさを凌駕していた。点数はあくまで目安で、本当の面白さは、あの広大で不可思議な地図を、自分自身で埋めていく過程にあったのだ。
あの頃、我々は知らなかった。ただ目の前の広大な海を、手探りの地図を頼りに漕ぎ続けた。その体験こそが、後のオープンワールドや没入型シミュレーションのDNAとなり、今も無数のゲーム世界に波紋を広げ続けているのだ。
