『ホーガンズアレイ』黒い銃身が照準を固定した理由

タイトル ホーガンズアレイ
発売日 1984年6月12日
発売元 任天堂
当時の定価 4,500円
ジャンル 光線銃シューティング

あのダンボールの的が、突然動き出す。油断していると、善良な紳士を撃ってしまう。ファミコン用光線銃「NES ZAPPER」の黒い銃身から、画面に向かって撃ちまくったあの感覚を、覚えているだろうか。

ワイルドガンマンから受け継がれた固定照準の秘密

そう、あの独特の照準が画面に固定されたまま動かせない、あの感覚だ。あれは実は、ファミコン発売前のアーケードゲーム『ワイルドガンマン』のシステムをほぼそのまま引き継いでいた。任天堂がファミコンで最初に世に送り出した光線銃ゲームは、実はアーケードのノウハウを家庭に持ち込むという、当時としてはごく自然な開発の流れから生まれたものだった。

その開発の背景には、任天堂が「玩具」から「エレクトロニクス・エンターテインメント」へと本格的に舵を切る、という大きな野望があった。ファミコン本体と同時期に発売された光線銃「NES Zapper」は、単なる周辺機器ではない。テレビ画面という家庭の中心に、ゲームという「能動的な遊び」を介入させるための、画期的なインターフェースだったのだ。

『ホーガンズアレイ』のゲームモードは、単なる射撃練習ではない。無実の民間人(パンツを干しているおばさんや犬)を撃ってはいけないというルールは、単純な反射神経ゲームに「判断」という新たな次元を加えた。これは後の『ダックハント』における「飛び立つ鴨を撃つ」というタイミングのゲーム性とも明確に一線を画す、光線銃ゲームのもう一つの可能性を示す実験だった。つまり、このソフトは「何を撃つか」という選択がゲームプレイそのものになる、という後のアドベンチャーゲームやシミュレーションゲームにも通じるインタラクションの原型を、すでに内包していたのである。

当時、我々はただ漠然と「悪いやつらを撃つ」ゲームとして遊んでいたが、そのシンプルな画面の裏側には、任天堂のハードウェア戦略と、ゲームデザインの可能性を探る、極めて意欲的な開発者の視線が確かに存在していた。

パンツのおばさんを撃つな、という倫理ゲーム

そういえば、あの光線銃の照準がなかなか合わなくて、親に「テレビの近くで撃つな」と怒られた記憶がある。ホーガンズアレイの面白さの核心は、単なる射撃練習を超えた「状況判断」と「駆け引き」にこそあった。画面上に現れるのは紳士風の男や、野菜カゴを持ったおばさん、そして明らかに怪しい覆面の強盗だ。プレイヤーに求められるのは、反射神経だけではない。一瞬のうちに「撃つべきか、撃たざるべきか」を見極める判断力である。善人を撃てば減点、悪人を撃ち漏らしても減点というシンプルかつ厳しいルールが、遊びながらも一種の倫理観を刷り込んでいく。この制約こそが、単純な射撃ゲームに深い思考の層を加えたのだ。当時は気づかなかったが、あのゲームは後の『ダックハント』や、さらには『バイオハザード』のガンサーリックシステムにまで通じる、インタラクティブな「選択」の先駆けだったと言えるだろう。

ダックハントからバイオハザードへ繋がる選択の系譜

そういえば、あの銃型コントローラー「NES Zapper」の存在を、初めて本気で認識させられたのはこのゲームだった。画面に現れるのは、悪漢と、時折混じる一般市民や、なんと鍋を被った女性だ。撃っていいものと撃ってはいけないものを瞬時に判断する、その単純明快な緊張感が、後のゲームデザインに与えた影響は計り知れない。

『ホーガンズアレイ』がなければ、『ダックハント』の射撃パートはあれほど洗練されなかったかもしれない。そして何より、この「善悪の識別を伴う射撃」というコンセプトは、後に『バイオハザード』や『コール オブ デューティ』といった作品で、民間人を誤射するとペナルティが発生するシステムとして結実していく。単なる標的射撃を超えて、「撃つべきでないもの」をゲーム内に明確に配置した、その先駆性は今でも色褪せない。あの白黒の画面が、実は現代の倫理的判断を伴うゲームプレイの、遠い起源だったのだ。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
65/100 70/100 85/100 78/100 90/100 78/100

あの頃、十字キーで自機を動かすシューティングは珍しくなかった。だが『ホーガンズアレイ』は違った。操作性85点という高評価が物語る通り、自機を「歩かせる」という感覚は画期的だった。壁に沿ってスルスルと移動し、敵を引きつけては素早く退く。その動きの気持ちよさは、他の追随を許さない。

一方で、キャラクタ65点、音楽70点という点数の背景には、あの無機質な迷路と電子音の世界がある。確かに華やかさはない。だが、オリジナル度90点が示すのは、このシンプルで未来的なビジュアルと効果音が、逆にプレイヤーをゲームの「作戦」そのものに没入させた事実だ。ハマり度78点は、単純な難易度ではなく、敵の動きを読み、最短ルートを探るという、戦略的な中毒性を数値化したものだろう。

あの頃、我々はただの「戦車」を動かしていたわけではない。未来の戦場を、そして自らの手で戦術を組み立てるというゲームの本質そのものを、既に操縦していたのだ。今、あらゆる戦術シミュレーションの根底に流れる、あの緊張と閃きの源流を思い出す時が来ている。