『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』ディスクをひっくり返すと物語が動き出す

タイトル ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島
発売日 1987年9月4日
発売元 任天堂
当時の定価 2,980円
ジャンル アドベンチャー

そうだ、あのディスクをひっくり返す感覚を覚えているだろうか。前編をクリアしたら、慎重にディスクカードを抜き、裏返して後編を差し込む。あのワクワクと少しの緊張が、このゲームの冒険の始まりだった。『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』は、ただのアドベンチャーゲームではなかった。桃太郎やかぐや姫が当たり前のように登場する、どこか懐かしくも新しい物語の世界へ、僕らを連れ出してくれたのだ。

ディスクカードの「カチッ」が物語を分断した理由

そうそう、あのディスクカードを抜き差しする時の、あの独特の感触だ。カチッという音と共に、物語が「続き」へと移行するあの瞬間。『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』が前編・後編の2枚組で登場した時、我々は単にボリュームが増えたとしか思っていなかった。しかし、この形式は任天堂の、そしてディスクシステムという媒体そのものの、壮大な実験の産物だったのだ。

当時、任天堂は「ファミコン ディスクシステム」という新たな媒体の可能性を模索していた。書き換え可能で大容量、そして何よりローディング中でもカードの抜き差しが可能という特性。この特性を最大限に活かし、一つの物語を前後編に分割して発売するという手法は、まさにディスクシステムだからこそ生まれたアイデアだった。前編のディスクで物語を終わらせなければ後編が始まらないという仕組みは、単なる販売戦略ではなく、プレイヤーに「物語の区切り」を意識させ、続編への期待を高めるための演出でもあった。監修の宮本茂が、物語を「読ませる」ゲームという新たなジャンルに挑戦した背景には、ディスクシステムという画期的な媒体への確かな信頼があった。この前後編構成は、後に続く『ファミコン探偵倶楽部』シリーズをはじめ、他社のアドベンチャーゲームにも大きな影響を与え、一つのスタンダードを築き上げることになる。あの2枚の黄色いディスクカードは、任天堂が「ゲームで物語を語る」という新たな地平を切り拓いた、紛れもない証だったのだ。

「ひとかえる」コマンドに隠された二人分の冒険

そうだ、あの「ひとかえる」コマンドだ。十字キーでカーソルを動かし、Aボタンで決定する。画面には「はなす」「みる」「いどう」といった定番のコマンドが並ぶ中、ひときわ異彩を放っていたのが「ひとかえる」という選択肢だった。これを選ぶと、主人公が男の子から女の子へ、あるいはその逆へと切り替わる。ただのキャラクター切り替えではない。この一つのコマンドが、このゲームの面白さの核心であり、限られた容量と表現力の中で生まれた、最もクリエイティブな仕掛けだった。

なぜ面白いのか。それは、プレイヤーに「二人分の視点」を与えたからだ。男の子にしか話せないキャラクターがいる。女の子にしか見えないものが存在する。一方が話し込み、もう一方が別の場所でアイテムを探す。まるで自分が二人の子供を同時に操る名監督になったような、そんな高揚感があった。ディスクシステムという媒体は、セーブデータの容量に大きな制約があった。それゆえに、物語の分岐や複雑な状態管理を大量に盛り込むことは難しかったはずだ。しかし開発者たちは、その制約を逆手に取った。「状態」を複雑に増やす代わりに、「視点」という新しい軸をゲームプレイに導入したのだ。男の子と女の子、この二つの「視点」そのものが、最大のパズルであり、物語を紡ぐ糸となった。

雪女に道を阻まれたあの場面を思い出してほしい。男の子が何を言っても、冷たい風だけが返ってくる。そこで「ひとかえる」を選び、女の子に切り替える。すると、さっきまで無表情だった雪女の口元が、ほんの少し緩むかもしれない。あるいは、彼女がふと漏らす台詞が、突破口のヒントになる。この「もう一人の主人公」という存在が、単調になりがちなテキスト選択のゲームプレイに、驚くべき立体感と戦略性を加えた。それは、後のアドベンチャーゲームやRPGにおけるパーティー概念や協力プレイの先駆けとも言える発想だった。コントローラーを握る手に、二人の子供の命運を預かる緊張感が走ったあの感覚は、このゲームでしか味わえないものだった。

桃太郎とカグヤが切り拓いた視点切り替えの革命

そうだ、あの「ひとかえる」コマンドだ。男の子と女の子を切り替える、ただそれだけの機能が、物語に驚くほどの奥行きを与えていた。このシステムがなければ、後の『ファミコン探偵倶楽部』における「過去」と「現在」を行き来する調査手法は生まれなかったかもしれない。さらに言えば、一つの物語を複数の視点から同時進行させるという発想は、『新・鬼ヶ島』がディスクシステムの特性を最大限に活かして見せた、アドベンチャーゲームにおける一つの革命だった。それは単にコマンド選択肢を増やす以上の、プレイヤー自身が物語の構成者となるような感覚を初めて与えたのだ。現代の「マルチエンディング」や「視点切り替えシステム」の源流を探れば、必ずこの桃太郎とカグヤが共に歩んだ道に行き着く。あの雪女の前に立ちはだかった二人が、どちらか一方では決して越えられない壁を、協力して乗り越えようとした瞬間、ゲームの可能性は確実に広がったのである。

GAMEXスコア

キャラクタ 音楽 操作性 ハマり度 オリジナル度 総合
94/100 92/100 72/100 88/100 96/100 88/100

そういえば、あのゲームの音楽だけは妙に覚えている、という経験はないだろうか。『新・鬼ヶ島』はまさにそれだ。キャラクターと音楽が圧倒的に高く、オリジナル度に至っては96点という驚異的な数字を叩き出している。桃太郎伝説をコミカルに翻案した世界観と、和風でありながらどこかポップなBGMは、確かに他にない魅力だった。一方で操作性72点は、当時のプレイヤーが感じていたもどかしさをそのまま表している。アクション性よりも物語を進めるアドベンチャー色が強く、コントローラーを握る手よりも、頭を捻る時間の方が長かったゲームなのだ。総合88点は、その突出した個性が、多少の操作のぎこちなさを凌駕する面白さを持っていた証と言えるだろう。

あの頃、我々はただの「鬼退治」をしていたわけではない。ディスクシステムの軋む音と共に、物語が更新されていく感覚を初めて味わっていたのだ。今、選択肢が枝分かれし、世界が再構築されるゲームを遊ぶ時、その源流には必ず『新・鬼ヶ島』の、あのワクワクする「次」への期待が流れている。