| タイトル | 聖飢魔II 悪魔の逆襲! |
|---|---|
| 発売日 | 1986年12月25日 |
| 発売元 | CBS・ソニー |
| 当時の定価 | 5,300円 |
| ジャンル | アクション |
あの日、親に内緒で買った音楽雑誌の付録カセットを、こっそりとウォークマンで聴いていた。そこから流れ出たのは、黒い衣装に身を包んだ異形のバンドの音楽だった。そして、その衝撃がファミコンという形で、僕たちのリビングにまで襲いかかってきたのだ。十字架を逆さまにしたあのロゴが、テレビ画面に大写しになるたび、背筋がゾクゾクしたものだ。
悪魔ブームと「悪魔教入信試験」という挑戦
あのゲームが生まれたのは、まさに悪魔が跋扈していた時代だ。1980年代後半、いわゆる「悪魔ブーム」の真っ只中。テレビでは悪魔をモチーフにした特撮ヒーローが活躍し、音楽シーンでは聖飢魔IIが一世を風靡していた。ゲーム業界もその潮流に乗り遅れるわけにはいかない。バンダイは、単なるキャラクターゲームではなく、あの独特な世界観を「遊び」に昇華させようと動き出す。
しかし、ここに大きな挑戦があった。当時のゲーム開発は、キャラクターの使用許諾を得て、既存のゲームシステムに当てはめるのが常套手段だ。だが聖飢魔IIの世界は、そんな安直な方法では再現できない。メンバー一人ひとりが「悪魔教の教祖」という強烈なキャラクター性を持ち、その音楽もパフォーマンスも、既存のゲームの枠に収まるものではなかった。
そこで開発陣が目をつけたのが、「悪魔教入信試験」というコンセプトだ。プレイヤーは教団志願者となり、メンバーたちが仕掛ける「試練」をクリアしてゆく。これは単なる横スクロールアクションではなく、当時としては珍しい「コンセプチュアルなアドベンチャーゲーム」の側面を強く持っていた。各ステージが楽曲とリンクし、ボスキャラであるメンバーを倒すことが「教義の理解」に繋がるという構造は、ファミコンゲームとしては極めて異色だった。
この試みは、単なるブーム便乗を超えていた。ゲームという媒体が、ロックバンドの世界観そのものを「体験」させるための装置になり得ることを、いち早く示した先駆的な作品だったのだ。後の「バンドゲーム」や「音楽ゲーム」の隆盛を考えると、その実験精神は無視できない。
十字キーとAボタンで悪魔を「弾」に変えた発想
あの十字キーとAボタンだけで、悪魔の召喚と攻撃を同時に操る感覚はたまらない。なぜ面白いのか。それは「制約が生んだ創造性」に尽きる。ファミコンという限られたハードで、バンドの世界観をどう表現するか。その答えが、悪魔を「弾」として扱うという発想だった。
召喚した悪魔は自動で攻撃する。プレイヤーは次々と悪魔を呼び出し、陣形を組ませる。十字キーで自機を動かしつつ、Aボタン連打で悪魔を射出する。この単純な操作に、戦略の全てが凝縮されている。どの悪魔を、いつ、どこに配置するか。画面上を舞う悪魔たちは、もはや弾というより、自在に操る「生ける武器」だった。
限られたボタン配置が、かえって没入感を生んだ。右手の親指がAボタンを激しく叩き、悪魔が画面上に炸裂する。シンプルだからこそ、悪魔を操る「悪魔使い」になった気分を存分に味わえたのだ。
悪魔合体システムが『真・女神転生』に与えた影響
あの悪魔の囁きのようなBGMは、確かに後世へと受け継がれている。『聖飢魔II 悪魔の逆襲!』が残した最大の遺産は、その「音楽ゲーム」としての先駆性だろう。十字キーで悪魔の動きを指示し、タイミングよくボタンを押して攻撃を決める。このリズムアクションの原型は、後の『パラッパラッパー』や『太鼓の達人』といった音楽ゲームの隆盛を間違いなく予感させていた。さらに、悪魔を召喚・強化する「悪魔合体」システムは、『真・女神転生』シリーズをはじめとするRPGにおける、仲魔作成や合体システムの一つの源流と見なすこともできる。当時は「変なゲーム」の烙印を押されがちだったが、その革新的なゲームデザインは、異なるジャンルをクロスオーバーさせたハイブリッドな作品の、確かな礎となったのである。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 91/100 | 80/100 | 89/100 | 75/100 | 78/100 | 83/100 |
キャラクターが突出して高い点だ。あの悪魔のデザインとアニメーションは、ファミコンの画面から異臭が漂ってくるような生々しさがあった。音楽は80点、メタル風ではあるが、やはり制約からか本家の毒気には及ばない。操作性は意外に高く、攻撃の手応えと移動のキレは悪魔らしい重量感を感じさせた。オリジナル度とハマり度は平均点前後、確かにゲームとしての完成度には一抹の物足りなさが残る。しかし総合83点は、この異色作が単なるコラボレーションを超えて、一つの「作品」として成立していた証左だろう。
あの衝撃的なゲームオーバー画面は、悪魔的アイデアが家庭用ゲームに侵入した瞬間だった。規格外の表現は後の「やり込み」文化の先駆けとなり、ゲームという箱庭に潜む危うさと魅力を、我々はすでにこの作品で味わっていたのだ。
