| タイトル | キャッスルエクセレント |
|---|---|
| 発売日 | 1986年2月19日 |
| 発売元 | アスキー |
| 当時の定価 | 5,300円 |
| ジャンル | アクションパズル |
そういえば、あのゲーム、最初から最後まで鍵の色を間違えると詰むって、友達の家で知ったんだよな。『キャッスルエクセレント』だ。攻略本もなく、地図をノートに描きながら進むしかなかった。青の鍵をどこで使うか、赤の扉を今開けていいのか。一つの判断ミスが、数時間のプレイをパーに変える。あの絶望感は、今でも忘れられない。
アスキーコンテストが生んだ『ザ・キャッスル』の末裔
そう、あの「鍵の順番を間違えると詰む」という、子供心に冷や汗をかいたシステムだ。『キャッスルエクセレント』は、その前身である『ザ・キャッスル』がアスキーのソフトウェアコンテストでグランプリを受賞したことから生まれた。当時は、雑誌主催のコンテストで優れたアマチュア作品を商業化する流れが活発で、『ザ・キャッスル』はその申し子のような存在だった。開発チームは、受賞をきっかけにプロとしての道を歩み始め、たった半年で続編となる『エクセレント』を世に送り出している。この短期間での開発は、当時のパソコンゲーム業界のスピード感を象徴していた。ハードの性能差が大きかった時代、FM-7やX1といった機種ごとに最適化を施し、同じゲーム体験を提供するという、今では考えられないほどの労力をかけていたのだ。『エクセレント』が「より複雑で難解」と評されるのは、単なる難易度調整ではなく、前作で培ったシステムの可能性を、開発者自身が極限まで追求した結果に他ならない。ファミコン版で攻撃手段が加わったのも、家庭用ハードの特性を見据えた、もう一つの挑戦だったと言えるだろう。
樽を積み、炎に落とす「物理パズル」の手触り
そう、あの感覚だ。十字キーでラファエル王子を左右に動かし、Aボタンを押し続けてジャンプの高さを調節する。指に伝わるクリック感と、画面の彼が放物線を描く動きが、不思議と一体になる。『キャッスルエクセレント』の面白さの核心は、この「重力を伴った、完全な手触りの操作感」と、「城全体が一つの巨大な立体パズルである」という二つの要素が絡み合うところにある。
プレイヤーに与えられるのは、ジャンプと左右移動、そしてオブジェクトを押すという、極めて限られた動作だけだ。武器による攻撃は後付けの要素に過ぎない。この制約こそが、創造性を爆発させる起爆剤となった。高い天井にぶら下がる鍵を取るため、樽を積み重ね、その上からさらにジャンプする。敵を倒すために、動く床の上で慎重に位置を調整し、頭上にあるロウソクの炎に落とし込む。一つの部屋の謎を解く鍵が、実は三つ離れた別の階の、特定の色の鍵を持っているかどうかにかかっている。全ての行動が、この単純な操作の組み合わせから生み出されるのだ。
100の部屋が縦横に繋がる城は、単なるステージの集合体ではない。一つの生命体のように各部屋が有機的にリンクし、ある部屋での「気づき」が、全く別の場所での「突破口」になる。この「全体を見渡す視点」と「細部を操作する繊細さ」の両方を同時に要求される緊張感。制作者は、プレイヤーが城というシステムそのものを「学習」し、「理解」する過程そのものをゲームに昇華させたと言える。ファミコン版で追加された攻撃動作でさえ、この核心的なパズルと操作の美学を損なうことなく、新たなインタラクションの可能性として組み込まれている。あの複雑な城を、自分の手足のように操作できるようになった時の達成感は、単純なクリアとは次元が違う、知的な興奮だった。
メトロイドヴァニアの源流にあったラファエル王子
そういえば、あの城の中を縦横無尽に、時には絶望的に行き来した記憶がある。鍵を探し、仕掛けを解き、時には積んだ樽が唯一の足場になる。『キャッスルエクセレント』が我々に教えてくれたのは、一つの画面が世界の全てではない、ということだった。
このゲームの真の遺伝子は、「メトロイドヴァニア」と呼ばれるジャンルに確実に流れ込んでいる。広大な城全体が一つのダンジョンであり、特定のアイテムや能力を獲得することで、以前は通れなかったエリアに進めるようになる構造。鍵と扉の色によるゲート制御、取得アイテムによる探索範囲の拡大、そして一度変更されたマップ状態が保存されるという仕組みは、後の『メトロイド』や『キャッスティヴァニア』の探索型アクションの原型と言える。特に、アイテム取得による「探索の非線形性」という概念を、横スクロールアクションの形式でこれほど明確に提示した作品は、当時ほとんど存在しなかった。
さらに、その影響はアクションRPGのダンジョン設計にも及んでいる。一画面ごとに仕掛けとパズルが凝縮され、全体として巨大な一つのパズルを構成するという発想は、『ゼルダの伝説』のダンジョン内部の設計思想に通じるものがある。プレイヤーが城全体を頭の中でマッピングし、アイテムの使用可能性を推理する行為そのものがゲームプレイだった。あの複雑怪奇なグロッケン城の設計図が、後の時代の数々の名作ダンジョンの、紛れもない設計基準書となったのである。
GAMEXスコア
| キャラクタ | 音楽 | 操作性 | ハマり度 | オリジナル度 | 総合 |
|---|---|---|---|---|---|
| 72/100 | 65/100 | 78/100 | 94/100 | 96/100 | 81/100 |
そういえば、あの雑誌の採点欄で、ハマり度とオリジナル度だけが異様に光っていたゲームがあった。操作性や音楽はむしろ平均点を下回っているのに、総合ではなぜか高評価。これが『キャッスルエクセレント』の奇妙なスコアだった。操作性78点、音楽65点という数字は、確かに初めてプレイした時のもどかしさや、地味なBGMをそのまま反映している。しかし、ハマり度94点、オリジナル度96点という突出した数字こそが、このゲームの真骨頂だ。城全体が一つの巨大なパズルであり、探索と発見の連鎖が、操作性の些細な不満を遥かに凌駕する中毒性を生み出していた。点数は、不完全な部分を認めつつも、その核心の輝きを見逃さなかった証左なのである。
あの手探りの緊張感は、今や「ソウルライク」という一つのジャンルを築いた。キャッスルエクセレントが我々に刻み込んだのは、単なる難しさではなく、未知との対峙そのものの価値だった。攻略本のない世界で、己の観察と勘だけを武器に城を踏破したあの体験は、まさに冒険そのものである。
